4 令嬢の交友関係、王子の精神衛生

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4 令嬢の交友関係、王子の精神衛生

 暑さの静まる夏の夕べ、グヴィン伯の館からほど近くの湖のほとりで王子一行の歓待の席がもうけられた。 「では、エルグランドの繁栄と一日も早いカエル事変の終結を祈って。乾杯!」  木々から下げたカンテラが仄明るく辺りを照らす中、グヴィン伯の声と共に立食が始まった。  矢じりが刺さったままの鹿肉、樽から直接汲んで飲むビール、辺境の夕餉は豪快で陽気だ。グヴィン伯が呼んだ楽師も粋にオルガンなど弾いたりして、ちょっとした祭りのようなにぎやかさだった。 「兵士さん、果物などいかがです?」 「いえ、お構いなく」  しかし随行の兵士たちは別名エリザ嬢の忠実なしもべ軍団とも言われていて、酒席に侍る舞姫や侍女をかわしながらエリザ嬢をガードしていた。兵士たちはエリザ嬢とその上司であるミカエル王子が無事カエル慰問をこなして帰城するのが目的であって、断じてエリザ嬢に寄って来る辺境伯が気に入らないからではないと密かに言い交わしていたが、ミカエルとしてはどちらが本音でもエリザがガードされるならそれでいいと何も言わなかった。 「エリザ」  何も言わないつもりだったが、次から次へとエリザに挨拶に来る辺境伯を見とがめて、ミカエルはついに声を上げた。 「多くないか。どうして辺境伯が今夜ここにこんなに集っている?」 「殿下、恐れながら」  エリザはきりっといつもの進言の口調になって言う。 「エルグランドの王都は無数の辺境伯領で他国から守られています」 「それはわかる。そうではなくて、君のところにあいさつに来る辺境伯が多くないかという疑問だ」  そもそも昼頃、エリザが伝書鳩を飛ばして急きょ滞在が決まっただけのはずが、やれヤーデ伯だのシュリ伯だの、早馬に便乗しないとグヴィン伯領までたどり着けないような辺境伯が集っているのだ。  ミカエルの問いかけにエリザは少し考えて、ええ、と何気なく答えた。 「辺境に住まう者同士交流がありますから。毎年トマトを贈り合ったり」 「トマトなど贈ったら誤解するだろう」 「……うちの領地だとトマトくらいしか贈るものがなくて」  エリザが途端にしょげた様子で言うので、ミカエルは慌てて言葉をひるがえした。 「いい。トマトは別にいいんだ。君にも交友関係があるだろう」  ちょっとやきもちを焼いただけで基本的にエリザに甘いミカエルは、話題を変えようと首を横に振る。  そもそもミカエルはエリザがこういう遊興の場にいるのを初めて見た気がした。エルグランドでは年頃になったらサロンにデビューして恋をするのが令嬢のたしなみだが、早すぎる才覚を発揮して王宮で働いてきたエリザが、ドレスをまとって社交界で笑う姿はおおよそ見たことがない。  エリザはそのまっすぐな人柄で女性の友達も多いし、こうして辺境に出れば辺境伯が集ってやって来るくらいに密かな男性人気もあるのだが、たぶん令嬢なら皆当たり前に経験することは経験していないのかもしれないと、ふと思ったのだった。  ミカエルは勇気をもってエリザに言葉をかける。 「今年の夏はお互い、カエル事変で働き詰めだったからな。落ち着いたら、二人でお忍びにでも行かないか」 「え?」  仕事の延長のように緊張をまとって控えていたエリザが、ふいに振り向いて子どものように目を丸くした。 「別に辺境でもトマト畑でもいいが、今度は二人だけで」  エリザはミカエルをまじまじとみつめて、次第に視線を落として赤くなった。  なぜそこで赤くなるとミカエルは笑ったが、今まで頭をひねって考えた甘い誘いに全然無反応だったエリザにしてははっきりと好印象だったので、王子の精神衛生上非常によろしかった。  ちょうど楽師がカントリーダンスを奏でていて、ミカエルは手を差し伸べる。 「これなら踊れるか、エリザ?」 「王子殿下を辺境の遊びに付き合わせては」 「踊れるんだな。それなら」  令嬢と貴公子の出会いの定番、サロンでも夜会でもない辺境の片隅でも、ダンスがあれば恋は始められる。  おずおずと手を取ったエリザの腰をミカエルは引き寄せて、二人の初めてのダンスが始まった。
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