リコちゃんの秘密

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「ねえ、私の秘密、教えてあげよっか」  学校からの帰り道、リコちゃんは僕に言った。  突然のことに僕はなんだかどきどきして、でも、普段と同じように、興味も無さそうなふうに答えた。 「なんだよ、秘密って」 「でも、佐々木くん、たぶん信じてくれないと思う」 「そんなこと、聞かなきゃわかんないだろ。言ってみろよ。ほら……」  僕は右肘で大げさにリコちゃんの腕をつついた。ランドセルに付けたキーホルダーが揺れて、かちゃかちゃと鳴った。  リコちゃんは言った。 「私、人が消せるんだ。誰でも」  僕はリコちゃんの顔を見た。目も口も、笑っていない。授業中の顔みたいだった。 「なんだよそれ。そういう冗談はいいって」 「やっぱり、信じてくれなかったね」  リコちゃんはちょっとだけ笑った。 「信じるわけないだろ。本気で言ってんのか、それ」 「本気だよ。本当に消せるんだもん」 「じゃあさ、今、俺の目の前でやってみてくれよ」  僕は道路の向かい側にいたお爺さんの方に顔を向けて、「あそこのジジイとか」と小声で言った。 「それはダメなの。消すことはできるんだけど、佐々木くんには消えたかどうか分からないから」 「俺には分からない? なんでだよ」 「誰かを消しちゃうとね、他の人の記憶からも消えちゃうから。ぜーんぶ、最初からいなかったことになっちゃうの。その人のこと覚えてるのは、私だけ」 「……あほらし。お前、マンガの読み過ぎなんじゃないの」  僕はわざとらしく笑いながら言った。 「うーん……どうしたら信じてもらえるかなあ」  僕はリコちゃんの横顔を見つめていた。靴の先に小石が当たって、アスファルトを飛び跳ねたような気がした。リコちゃんが僕のほうを見る。 「あのね、今の私たちの担任って、森先生でしょ?でも、本当は違ったの。水野っていう先生がいて、1学期の途中まではその人が担任だったの」 「水野……なんて、聞いたことないけど」 「やっぱり覚えてない? ちょっと太ってて、眼鏡かけてて、たぶん……30歳くらいだったかな。35歳くらいかも」  僕は自分の記憶をたどった。1学期の始業式の日、全校生徒が体育館に集まって、そこで各クラスの担任の先生が発表された。僕たちのクラスは森先生だった。おじいちゃんみたいな先生だけど、優しくて面白いと評判の先生だった。発表を聞いたとき、僕は後ろの友達を振り返って、右手を空中でギュッと握ってみせた。教室に戻って、森先生は自分の名前を黒板に書いて、お茶目な感じで「そんじゃあ、1年間、我慢してもらおうか」と言った。それからずっと、森先生は僕たちの担任だった。水野先生なんて、どこにもいない。 「やっぱり思い出せない?」 「思い出すっていうかさ……じゃあ、その水野ってやつをお前が消したってこと?」 「そう」 「どうやって?」 「頭の中で、すっごく強く考えるだけ。念じるっていうのかな。こいつは嫌いだ、こいつに消えてほしい、って。たぶん、10秒もかからないと思う」  僕は、リコちゃんの長いまつ毛や大きな耳が、なんだか急に気になりだした。僕は少し早口で言った。 「もし、俺とか他のみんなの頭から、その水野ってやつの記憶が消えたとしてもさ、学校の記録には残ってるだろ。そしたら、みんな、おかしいって気付くよな?」  リコちゃんは落ち着いた声で答えた。 「私も不思議なんだけど、記録とかもぜーんぶ書き換わっちゃうみたい。まるで、その瞬間に世界がリセットされて、ちょっとだけ違う世界にズレちゃったみたいに」  もういいだろ! 俺はダマされないって! ──そう言おうとして、やっぱりやめた。そして、別の言葉が僕の口から出てきた。 「なんで、そいつを消したんだよ」 「うーん……なんか嫌いだったから。ちょっと乱暴っていうか、イアツテキな感じだったし。あと、いつもじろじろ見られてる気がして、気持ち悪かった」  僕は、なんだか急にいごこちが悪くなって、リコちゃんから目をそらした。そうして少し歩いてから、小さい声で尋ねた。 「……なんで、俺に話そうと思ったの?」 「うーん……」  リコちゃんはとびきり明るい声で言った。 「それは、秘密!」  それっきり、僕は何も聞かなかった。  交差点に差しかかって、僕はぎこちなく言った。 「じゃあ、俺、こっちだから。……またな」 「うん、バイバイ」  リコちゃんは笑顔で手を振った。  そして、僕はいなくなった。
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