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加藤英和。
五十四歳。シングルファザー。大学生になった息子が一人居る。
私の席の、目の前に座る同じ部署の大先輩。
出世コースからは外れてしまって、平社員。でも、その若々しい顔立ちから、部長よりも少し年上だったなんて事実は最近知った。部長だって、若く見えて他部署にも人気のイケメンなのに。
「加藤さん、今、部長にタメ口じゃありませんでした?!」
「あー、俺の方が年上だもん」
「えっ?!そうなんですか?!」
見えませんね!とお世辞では無く言いながら、「だもん」なんて可愛過ぎか…?!と一人、頭の中で興奮した。
この会社に新卒で入社して、もうすぐ三年目になる。
新入社員の私に部署の仕事を教えてくれたのは、加藤さんだ。
「世話役」と、任されたわけではなかった。黙っていればちょっとイカツイ感じの、このおじちゃんは、見た目に反してとても面倒見がいい。
なんで奥さんはこんな素敵な人と別れたんだろう?と思ったのは、大体仕事を覚えてきた、一昨年の秋頃で。
奥さんとは死別だと知ったのは、同じ年の忘年会の時。
この気持ちにはっきりと気が付いたのは、去年の冬。つい、最近だ。
私と加藤さんは、『私がうたた寝していたら加藤さんが起こす』『加藤さんの愚痴は、私が聞く』みたいな関係になっていて、それがとてもこそばゆい。
滅多にないが、加藤さんが有給でお休みをする時は、一日はとてもつまらない。無味乾燥。そんな言葉が浮かぶ。
「山梨さん。ちょっと、頼みたいことがあるんだけど」
「あっ、はい!何でしょうか?」
我が部署の長はいつも、部下に用事があれば自席を離れてこちらまでやってくる。隣の部署の、昭和の香りをしっかりと残した部長とは天と地との差だな、といつも思う。部長には、もうすぐ中学生になるお子さんがいるらしい。
物腰柔らかくて、イケメン。
だけど、好きになったのは加藤さんの方だった。
既婚者にはときめかない大変都合の良いストライクゾーンを持っているのではなくて、部長は口数が少なくて、話す時はいつも緊張してしまう。ので。…少しだけ、苦手なのだ。
加藤さんはいつも、あっけらかんと私と話してくれるので、実は甘えたがりで口下手な私はとても助けられたのだ。
次の部長会までに統計資料を作成するように頼まれ、俄然、やる気になった。
仕事をしている時間が、私は好きだ。
誰かに頼まれる仕事程、自分の存在価値を確認できて好きだった。私、必要とされているのかなぁ、少しは。そう思える。
「お仕事頂いちゃいましたっ」
「おー。良かったじゃねぇか」
「えっへへ」
ほんと、働き者だよなお前、と言われて笑顔を返す。
「加藤さんも!お手伝いできることがあったら言ってくださいねっ」
ありがとう、と笑う。
作業着を腕捲りして、筋肉質な逞しい腕が覗いていた。加藤さんは出荷業務担当だ。…ひょろひょろの私では、手伝えることなんて微々たるものかもしれない。私の勤める会社で言う出荷は、フォークリフトや天井クレーンの操作も必要になってくるので。
はぁ、逞しい腕だな…。
また一つ、加藤さんに萌えながら、私は黙々とExcelで統計をまとめ、資料を作成していく。
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