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案内されたのは、行きつけだという居酒屋だ。
会社の近くでも、普段寄り道せずにアパートへ帰るので、飲食店が軒を連ねる光景も、目新しいもので何だか胸がワクワクした。
「おっ!お疲れー!何、その可愛い子は?」
店の店主とおぼしき男性が、加藤さんを見て笑顔を見せる。「いらっしゃい」じゃなくて、「お疲れ」なのが良いなって思った。
「会社の後輩だよ。おっちゃん、取り敢えず生。……山梨さんは、ウーロン茶?」
「あっ、わ、私も生で!」
「取り敢えず、生!」。
良い言葉だな、と思う。大人って感じ。居酒屋って感じ。
平日の夜だというのに、お客さんがそこそこ入っている。店主のアットホームな雰囲気が良くて、皆、居心地が良くて集まっているのがわかる。
定位置があるのだろう、加藤さんは一切の迷い無くカウンター席に座る。私もそれに倣って、隣に腰掛けた。
長い一本の木で出来たカウンターは、木目が綺麗でホッとする。ガヤガヤと口々に、常連さん同士が話して、そこに時々店主が混じる。
この空間に自分がいることが、なんだか嬉しいと思った。
「……このお店、加藤さんの行きつけなんだって、凄くよくわかります」
お店全体の雰囲気と加藤さんの雰囲気が、重なる。
「私、ここ、めっちゃ好きです」
想いを込めて言ったけど、加藤さんは勿論、それには気が付かずに、だけど嬉しいそうに笑った。
「だろ?俺も好き」
「……」
勿論、その「好き」は自分に向けられた言葉ではないことはわかっているが、つい赤面して俯いてしまった。
ビールが来ると、お疲れ様の乾杯をして、適当に注文した料理をつつきながら色んな話をした。仕事の話が主だったけど、趣味の話とか、あと、加藤さんの息子さんの話も聞いたりした。
先程の怖い経験なんてすっかり忘れて、喜びと緊張で、いつの間にやら、もうビールも三杯目になっていた。
ずっとビールじゃん、なんて笑われて、じゃあ熱燗でも頼みますか?と、本当に注文してしまうくらいには酔っていた。
「……加藤さんて、甘いもの食べますっけ?」
そうだ。チョコレートが苦手じゃないか聞いておかなくちゃと、脈絡もなく聞いた。
「食べる食べる!チョコとか、めっちゃ好きやぞ」
「……やっぱ、ビターですか?カカオ80とか?」
「いやいや。チョコレートは甘いのが好きでなぁ。バリバリのミルクチョコ」
えっ!可愛い!
頭の中で叫んだはずが、その言葉は私の鼓膜を打った。あらま、口から出ていたわ。
「……可愛いだろ?」
加藤さんは苦笑した。
その照れを誤魔化すように眉を寄せた顔がまた、少し可愛くて。もう、今更引っ込みもきかないかなぁと、変に腹を括る自分がいた。
「じゃあ。バレンタインに、私がチョコレート渡したら、受け取ってくれます?」
「え、くれるの?そりゃ、喜んで貰うけど?」
いまいち伝わってないな、と、「そういうのじゃないですよ」と、意味を正す。
「違くて。本命です。本命」
「………は?」
あっ、やばい。
酔い過ぎてる。
でも、もう遅い。
まぁ、いっか。と、思った。
「私、好きなんです。加藤さんの事が」
「えっ……」
しーん。と。
それまでの賑わいがまるで幻だったかのように、静まり返った。
あ、やばい。また思った。
今度は、スーッと酔いが冷めてゆく。
「あ、あの、嘘じゃないです。ずっと、好きでした……その、迷惑じゃなければ、一度、考えてください……」
「…え、いや、…好きって……」
三十くらい年の差があるだろう。
俺には息子が居るんだぞ。
ありとあらゆる、言葉にしない言葉が浮かんだが、結局、加藤さんはそのどの台詞も口にすること無く、絶句したままの口をパクパクとさせて、閉じた。
「…あ、突然、すみません。あの、ご馳走さまでした…!もう、帰ります!」
席を立ち、店を出る時にまた、「すみません!」と頭を下げた。楽しく飲んでいた皆さんに。沈黙を与えてしまったので。
ああ、暴走してしまった。
私は走って、アパートへ帰宅した。
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