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飲みに行く。
…前に。
人通りの少ない道で、加藤さんは私を振り返った。
「…ごめん。それは、受け取れない」
「……」
「…山梨さんを、そういう風に見たことがない」
「……ですよね」
鞄と一緒に持っていたシックな紙袋に目をやる。
可哀想なチョコレートだ。きっと、紙袋の中で泣いている。私が、本命だと先に告げてしまったから、受け取って貰えなかった。
折角、生まれてきたのにね。
「…………すみません。あんなことを言ってしまったけど、やっぱり、加藤さんのことを想って選んだんで。せめて、チョコだけでも受け取って貰えませんか?」
「……」
ごめんね、ミルクチョコレート。君に、罪はないのだよ。
私は紙袋を加藤さんの前に突き出した。
「チョコレートには、罪はないので」
「………ありがとう」
加藤さんは長く思案していたが、やがて、しっかりとその紙袋を受け取ってくれた。
自然と、笑みが溢れた。勿論、笑ったのは私。
加藤さんはずっと、眉間にシワを寄せて難しい顔をしている。
うん、そんな顔も素敵。
「………加藤さん、私のこと、好きですか?」
「…え、」
「異性としてじゃなくて、訊いてます」
「……嫌いじゃないけど、」
ふふ、と笑う。
こういう時は、嫌いじゃなくても「嫌い」と答えるべきなのだ。
「じゃあ、これからも、毎年バレンタインにはミルクチョコレートを用意して待っておきますね」
加藤さんはますます眉間のシワを深めた。
「…いつか、私のこと、『そんな風に』見て下さい」
そういうなり、踵を返した。
まさかこれから、二人で居酒屋など行けたものではない。
「また、月曜日!」
なるべく明るく言った。
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