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結論から言えば、俺たちは優勝できなかった。
「皆、ごめん……俺のせいだ」
荷物をまとめる三人の背中に向かって謝罪を述べる。
「え? 何で? 何が」
くるりと振り返った虹ヶ谷が心外そうな顔をしている。
「俺が勝手に最初の入り方変えたから……いつも通りにしておけば」
「なぁんだそんなことかよ」
虹ヶ谷が肩の力を抜いた。
「むしろ良かったぜ、あれ。ぞわぞわした」
「俺は焦ったかんな。勘弁してくれよ」
葉山が片眉を上げて笑った。
「ほんと悪い……」
「俺も蓮のトーク、悪くなかったと思うぜ」
桃城がからりとした声で擁護の言葉をかけてくれる。
「共感してくれたお客さんもいると思う。ちょっとプライベートすぎたけどな。お前目当てのファンが減る」
「それに関しては私も同意見だ」
「え! うわっ!」
いきなりかけられた渋い声に一同が度肝を抜かされた。振り返った先にはすらりと背の高い四十代くらいの男性。
「少しお話いいかな」
「お、俺たちですか?」
「そう。びっくりしないで。演奏聞いていたよ。素晴らしかった。今日の優勝は君たちで間違いなかったと思う」
「えっと……」
皆揃って困惑する。何と返せばいいのだろうか。さすがの桃城もたじろいだ。
「ありがとうございます?」
「うん。優勝したバンドには政治家の娘さんがいたからね。あんまり大きな声じゃ言えないけど」
男性は爽やかに笑った。スーツを着ているわけではないのに、ぱりっとした清潔感が漂っている。気さくそうにも見えるが、ただならぬ気配もあった。
「政治家……」
「あぁ。一番は君たちだ。保証するよ。私は幸運だなぁ。ついている。君たちを取り逃してくれたここの主催者には頭が上がらない」
固まった俺たちに彼は名刺を差し出した。
「リーダーは君かな」
手渡されたそれに視線を落として、誰もが唖然とした。誰もが知るレコード会社の名前が目に飛び込んできたのだ。驚くなという方が無理な話だ。
「今日は付き合いで来ただけだったんだ。声をかける気はなかった。でも君たちの演奏を聞いて非常に大きな可能性を感じた」
俺は息を飲んだ。他の三人も同じ気持ちに違いない。
「もしよかったら、うちに来ない?」
「っ!」
ぞくりと背筋に震えが走る。心臓が高鳴ってうるさい。落ち着いて考えたいのに、肝心の思考回路はショートしてしまった。
「信じられないって顔してるね、はは。ピュアでいいな。好感がもてるよ。ま、落ち着いた頃にでも電話くれる?」
長い指が名刺の電話番号を示した。
「悪いけど私はもう行かなくてはならない。仕事があってね。いい返事を待っているよ」
他にも二、三、何かを言われた気がしたが興奮しすぎてよく覚えていられなかった。とにもかくにも凄いことが起こっている。歓喜で胸が破裂しそうだ。それじゃあと言って長身の男性が去っていった後、俺たちは互いに額を突き合わせて、そこで初めて雄叫びを上げた。
「っしゃあぁぁぁぁ!」
続けて桃城がまくし立てる。
「すげぇぞ! 蓮! ほらお前! 早く満島んとこ行って報告しろよ! ってか俺も行く!」
「わ、ちょっ!」
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