君の歌が鳴りやまない

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「ごめん。狭いけど」 「ううん。……お邪魔します」 「風呂こっち。来て。はい。タオル。着替えは俺のしかないけどいい?」  夏月に大判のバスタオルを渡す。 「お風呂はいいよ。タオルだけありがたく貸してもらえれば。蓮くんが入ってきなよ」  そうか、夏月には結構強がりなところもあったっけ。俺は有無を言わさず線の細い体をぐいぐいと風呂場に押し込んだ。 「早く。待ってるから」  夏月がシャワーを浴びている間に散らかった室内を片付ける。決して広くはない独り暮らしの部屋。売れるようになったからって贅沢な暮らしはしていない。寝室にはベッドの他に洋服や大学の教材が散乱し、リビングにはソファとテーブルの傍ら楽器と音楽機材が鎮座している。 「蓮くん、お待たせ」 「……あぁ」  夏月と入れ替わりに俺も風呂へ入った。熱いシャワーを顔面から浴びて、逸る気持ちも洗い流せないかと願う。危険だ。俺の服を着る夏月に邪な感情が首をもたげ、よからぬ想像が脳裏に浮かんだ。半袖からのぞく腕が艶めかしかった。何を考えているんだ、俺は。話の続きを聞くために彼を家に連れてきたのだ。目的を履き違えるな。 「そういえば」  引っかかっていたことがあった。なぜ夏月はあの日、隣の部屋にいたのだろう。あそこは空き部屋で、用があるとも思えない。  風呂を上がった俺は、リビングのソファにちょこんと腰かける夏月に、まずその素朴な疑問をぶつけることにした。 「っ……」  早かったね、と神妙な面持ちで笑った彼の表情が途端に凍り付く。 「ご、ごめん、聞いちゃいけなかった?」 「いや……」  視線を落とす淡い色の頭。あれ、と俺は思う。自分をかき抱くような格好の夏月の腕はどこまでも艶やかで綺麗だ。 「放課後、僕……。僕、どこに行ってたと思う?」 「図書館、だろ? 違うのか?」  夏月はふるふると首を横に振る。次に零した囁きはまるで罪人のそれのようだった。 「蓮くんたちの隣の部屋にいた。高一の夏からずっと。僕は蓮くんが思うよりずっと前から、一方的に蓮くんのことを知ってたんだよ」 「え……? そ、そうだったの? ずっと横にいたの? 全然気付かなかった……でもあそこ何もないだろ? 使わなくなったものが色々入ってるだけで……」 「ベッドがある」  ベッド? わざわざベッドのために? 昼寝がしたかったわけでもあるまい。では何のために? 何の、ため……に……。 「っ! ……嘘だ……そんな……まさかっ」  記憶が急速に蘇り、別の登場人物が思い出された。俺の心臓は早鐘を打つ。頭に血が上る。大きな声が出た。 「何をしてたんだっ!」  夏月は更に自身をかき抱いて、小さく縮こまってしまった。ぞわぞわと鳥肌が立つ。 「付き合ってたのか? お互い好きだったのか?」 「……わからない」  わからない! わからないだと! 俺は腸が煮えくり返る心地がした。 「あの野郎っ! 許さねぇっ!」 「待って、違うんだ! 合意の上だった」 「はぁっ?」
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