君の歌が鳴りやまない

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 翌朝。  昨日は変な約束をさせられたが、満島に嘘の告白をしようだなんて気は全く起きなかった。ろくに話したこともない相手からいきなり好きだと言われたって、満島も困惑するだけだろう。ただ、名前が挙がってしまったがゆえに俺には彼への興味と好奇心が生まれていた。  どんな奴なんだろう。  登校後、教室の自席で黙々と参考書に向かう綺麗な背中を見つめた。彼の席は窓際一番前。俺はその隣の列の三つ後ろに座っている。入り込んだ初夏の薫風が、彼の淡い色の髪をくすぐった。そういえば満島がクラスメイトと和気あいあい談笑している姿なんて一度も目にしたことがない。話をするならどんなことを話すのだろう。何が好きで何が嫌いなのだろう。……全く知らない。俺が満島に抱く印象といえば、秀才、勤勉、寡黙。あ、あとどうしていつも長袖? 極度の寒がりか何かか?  授業中の満島も集中を切らすことなく勉学に励んでいた。表情からは何も読み取れない。楽しいのかもつまらないのかも伝わってこない。彼はとにかく黒板と教科書とノートだけを見つめている。  終礼が終わるとすぐ満島はふらっと消えてしまった。家に帰って勉強だろうな。もしくは予備校。まったくもって天晴な受験生だ。きっと日本屈指の大学に進学するのだろう。医学部かな。まぁ満島ならどこにでも行けるんだろうな。そんな思いと共に、満島を見つめてばかりの一日が終わった。  別の日。  ……あ、落ちた。遠い。ここからじゃ拾えない。俺は胸の中で呟く。床に転がった消しゴムを眺めていれば、綺麗な指がそれを拾い上げた。 「ではこの問題。あー……出席番号十番、答えて」 「えぇっ、先生! なんで俺なんですかぁ」 「今日は六月十日だ」  驚いた。周りに興味のなさそうな満島が、隣の席の奴が落とした消しゴムを瞬時に拾ったのだ。その隣の奴はといえば今しがた指名を受け、問題に答えるのに精一杯になっている。満島の行動には気付いていない。満島はその手の中の物をどうするのだろう?  「なぁ、教えて!」  満島が消しゴムをそっと隣の机に置いたのと、件の男子生徒が勢いよく振り返ったのとは同時だった。満島の薄い肩がびくっとはねる。 「こら、頼るな!」 「だって先生、松島だったらパッと答えられますよ。いつも勉強してますから」  満島、な。  俺は頬杖を突きながら前方のやりとりを見やる。不思議な心地がした。満島が誰かと関わっている。まぁ、一方的に絡まれていると言った方がいいか。それにしても新鮮だ。驚いてはいても、彼には嫌がっている素振りはない。 「しっかり勉強せんか。曲がりなりにも受験生だろう」 「はーい……」  結局満島は答えなかった。答えは出ていたのだろうが、指名された男子生徒を穏やかに見守るだけに留まった。俺にはそう見えた。なんとなく楽しそうだった。なーんだ、表情筋は一応あるのか。
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