君の歌が鳴りやまない

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 その後。小さな気付きを皮切りに、新たな発見や感動が次々ともたらされた。満島は一人が好きでいるようでいてその実、周りに対し繊細に気を遣う人間だった。日差しの強まる昼下がり、彼は何も言わずにカーテンを閉める。自分の席はギリギリ日が当たらないから関係ないだろうに。英語の授業が始まる前には必ずコンセントの穴から黒板消しクリーナーの線を抜いた。先生がCDプレーヤーを持ってくるからだ。誰かが重たい物やかさばる物を運んでいれば、彼は何も言わずに教室のドアを開けに行った。  満島はよく動いた。感謝をされることより気付かれもしないことの方が多かった。それでも彼はやめない。ありがとうと言われた時だけほんの少し、目元を細めて嬉しそうにする。それを目の当たりにした俺は奇妙な優越感に浸った。クラスメイトの大半が知らないことを俺は知っている。  そしてもっと知りたくなった。 「満島」  体育の帰り。偶然会った担任の先生に、俺は大量の配布物を渡された。すると彼が風のように現れて俺の前の道を開けていく。同じ場所にいたくせに、桃城は一目散に逃げていった。正反対だ。純粋な感謝の気持ちが俺の口から転がり出た。 「満島、ありがと。ほんと気が利くよな」 「え?」  俺と満島との最初の会話だ。わずかに見開かれた瞳は、彼の心の清さを表すがごとく透き通っていた。 「ドア、開けてくれて助かったよ」 「……う、ううん、そんな。僕だって半分持ったのに」 「それは別にいいよ。サンキューな」 「……成瀬くん。やっぱり優しいね」  やっぱり優しい? どういうことだ? そう首をひねっているうちに教室に着く。満島は一瞬何かをためらったのち俺から視線を外し、自席の着替えを持ってどこかへ消えた。彼は人がいる前では着替えない。思えばジャージも長袖、制服も長袖。まぁプライベートなことだ。そっとしておこう。  そんなこんなで自然と満島夏月という同級生を観察する日々が続いた。桃城たちには決行はまだかとせっつかれたが、適当なことを言い繕って彼らが飽きてくれるのを待っている。正直、満島を罰ゲームの被害者にはしたくない。彼を知るようになってどんどんその思いが強くなった。ものすごい努力家なんだ。いい奴だし、非の打ちどころがない優等生。男が好きだろうが誰と付き合おうが別にそれは個人の自由だし、俺は満島をそっとしておきたいと切実に願った。  だからムカついたんだ。桃城が勝手に満島に声をかけたから。 「ねぇ成瀬くん。僕に用があるって、聞いたんだけど」  ある日の放課後。終礼が終わり掃除も終わり、さて教室を出ようと鞄を背負った俺の背に、麗らかな声がかかる。振り返るとそこには。 「満島!」 「うん」 「あぁ……えぇっと」 「桃城くんが言ってたんだけど。違った?」
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