君の歌が鳴りやまない

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 本当だろうか? 少し前に初めて言葉を交わした満島が、俺をちゃんと認識していた上に、以前から応援していると言う。本当であれば嬉しい。 「ははっ。変な顔」 「いやいやいや」  満島が屈託なく笑う。すると俺はつられて笑ってしまう。 嬉しい誤算だ。人は見かけによらない。きっと彼は自分から関わりにいかないだけで、元来は明るい性格なんだろうな。  俺たちはひとしきり肩を揺らし終わると、教室棟一階のエントランスで足を止めた。 「なぁ一緒に帰ろうぜ」  そう声をかけてから、あぁしまった、と思う。 「って俺部活あるんだった。満島は? もう帰る?」 「……残ってるよ」 「そっか。どこ行くの? 図書館?」  満島の瞳が俺を映す。そしてまた思う。綺麗だ。誰かの目を見てそんなことを思うのは初めてだった。 「……下校時刻を守れたら、一緒に帰ろう」 「さすが受験生の手本。俺もそんくらい勉強にのめり込める頭があればよかった」 「何言ってるの。成瀬くんには音楽があるじゃん」  その日以来、俺たちは一緒に帰る仲になった。毎日とはいかなくとも、タイミングが合えばどこからともなくふらりと現れる満島と帰路を共にした。猫みたいだと思った。彼は軽音楽部の部室がある別棟の前で待っていることもあれば、図書館の前にいることも、学校の正門にいることもある。部室のドアを開けた真ん前にぽつんと立っていたこともあった。 「うわっ、満島! びっくりした」 「成瀬くん」  何だ何だと後ろから声がする。まずい、三人に見つかってしまう。 「満島じゃん! 何、お前らほんとに仲良くなっちゃったの?」  俺の背中を肘で小突く桃城の頭を、俺は手のひらで叩いた。 「痛っ! なんだよ蓮」 「お前、変なこと言うなよ?」  小声で桃城にそう念を押し、俺は満島に向き直る。意識して見るようになって三週間ほど。長くはないが短くもない。様子がいつもと違うことに気付けるくらいには満島のことをわかるようになっていた。体調が悪いのかもしれない。俺のことなんか待たずに帰ればよかったのに。 「どうした、満島。大丈夫か?」 「全然平気」  彼はにこっと微笑む。 「嘘つけ。顔、青白いぞ。こういう時は早く帰れよ」 「いいんだ……成瀬くんの歌、聞いていたくて。どうしても顔が見たくて」 「っ……」  笑顔を無理に重ねる満島に俺は一つ息を吐いた。ずっとドアの前にいたのだろうか。声をかけてくれれば中に入れた。何があったのだろう。終礼までは普通だった。そう考え巡らす俺の後ろから、どよめきが伝わってくる。 「おっとおっと、何だかお熱いご様子で」 「な。俺らは退散しようぜ」 「おうおう。蓮、俺たち帰るわ! 詳しくは明日聞かせろよ! いいな! お前らも早く帰れ! じゃないと鍋内っつう嫌味な奴に怒られっからな!」  そそくさと逃げ帰っていく三人の後ろ姿を見やってから、俺は口を開いた。 「えぇっと、あの。あいつらのことは気にしなくていいから」 「うん」  満島の顔は晴れない。ちらちらと廊下に視線をさ迷わせている。 「何かあった? 帰りながら話そうぜ」 「うん……ありがとう」
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