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最寄りの駅までゆっくりと歩いた。もうすぐ七月。じめじめとした空気が肌にまとわりつく。気温はさほど高くなくても、暑い。
「満島」
俺は彼を呼んで日陰を歩かせた。沈みきらない太陽が放つオレンジ色が眩しい。
「体調、どう?」
「だいぶいいよ」
「やっぱ無理してたんじゃないか」
お見通しなんだね。そう満島が小さく言った。俺は心配が勝って、ずっと気になっていたことを彼に尋ねた。
「暑くないのか?」
「え?」
「長袖。熱中症になったらどうするんだ」
「あぁ……うん、ね。どうしよう」
俺が満島を見つめると、長い睫毛がそっと伏せられた。葛藤が見て取れる。
「……隠してるんだ。腕。あざ、みたいなのがあるから。見られたくない」
「っ……」
ハッとした。上手く言葉を返せない。
「ごめん、その」
「いいよ。気にしないで」
電車に乗ってから、彼はぽつりぽつりと話し始めた。時折何もかもを息苦しく感じてしまうこと。何のために頑張ればいいのかわからなくなってしまうこと。例えば勉強に打ち込んだその先、明るい世界があるのかどうか疑ってしまうこと。満島は、現状や未来への漠然とした不安に苛まれているごく普通の青少年だった。
同時に、そのか弱さがどうしようもなく俺の胸をざわつかせた。頼りなさげに揺れる視線を、こちらに向けて欲しいと思った。
……どうしてそんなことを思うのだろう?
「うーん。将来のことを不安に思うのは俺も同じだよ」
無垢な二つの瞳が俺をじっと見上げた。
「俺はさ、音楽が何より好きだ。これで食っていきたい。でも現実の厳しさも聞く。今どれだけ努力しても報われないんじゃないかって、無性にネガティブになる時がある」
「そうなの? 意外だな。成瀬くんはいつも堂々としていてかっこいいからさ」
電車が大きく揺れて、満島の体が傾いだ。俺の胸に彼の肩があたる。彼はごめんと言って、少し赤い顔で俺からぱっと離れた。
「……ネガティブになったら、どうしてるの?」
「っ」
色づいた頬に目を奪われていた俺に、満島の柔らかな声がかかった。
「あ、えぇっと。そうだな……一番は仲間がいるのが大きい、かな。あいつらって前向きだから。俺のこといつも近くで励ましてくれるんだ。けなしてもくるけど」
「ふふっ」
「あいつらのためにも頑張ろう、って自然と思えるんだよ。同じ方向を向いている仲間がいるとやっぱ違うよな」
俺はそこまで言って、この子にはそういう存在がいるのだろうかと考えた。
「満島はどうだろう……勉強仲間? とかそんな感じの。いる?」
「いないよ」
「そっか。じゃあ一人で頑張ってんだな。偉いな」
「え?」
桜色の顔が俺を見つめた。
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