君の歌が鳴りやまない

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「俺ははなから勉強に向いてないから。進学校通っといてなんだけど。満島みたいに頑張ってる奴すげぇと思うよ。尊敬する」 「そんな、大げさだよ」 「ほんとに。なんだろうなぁ。俺からアドバイスできることなんて、適度に息抜きしてみれば、くらい? 勉強もそれ以外のことも」 「うん……ありがとう」  車窓から見える空はセピア色に染まっていて、映画のワンシーンを思わせた。唐突に、鮮烈に、感じる。  俺は今青春の真っただ中を生きている。 「やっぱり将来は医者を目指してるのか?」 「よくわかったね」 「当たり? おお、流石だ。かっけぇな。俺が病気した時はよろしく」 「ふふっ。なれるかわかんないよ」 「なれるなれる。満島だもん」 「だもん?」  可愛いと言って体を揺らす満島の姿が、今度は明確に俺をかき乱した。麗らかな声が鼓膜を震わせる。 「いいね。成瀬くんのそういうところ、好きだよ」 「……っ」  刹那、名状しがたい旋律が頭の奥で鳴り響いた。俺の中の満島の印象なら見違えるようだ。無表情でも無感動でもなかった。満島はちゃんと感情を持っていて、それをちゃんと表現する人間なのだ。今まで見てこなかったのは俺だった。知ろうとしてこなかったのは俺だった。 「なぁ、なんで医者になりたいの? 子どもの頃からの夢?」 「あぁー、うん。えっと」  形の良い唇が引き結ばれる。何かを迷っている。どうしたのだろう。 「言ったら、引くかも」 「よしどんと来い!」  眉尻を下げて苦笑する彼のことを、俺は真摯な気持ちで見つめた。引くかもだなんて心配するな。 「……医者になったら」 「うん」 「両親が」 「おう」 「……僕のこと褒めてくれるかなって」  流れる沈黙。満島は心配そうにこちらを見上げている。俺はしばらく固まってから、はぁっと肩の力を抜く。 「なぁーんだ、そんなことか」 「えっ」 「俺、もっとすごいの想像してた」 「そうなの? どんな?」 「実はメスで人間の体を切り刻んでみたいと思ってました、とか」  あははっ、と上がる笑い声。 「そんなわけないでしょ。ひどいよ」 「ははっ。だって引くほどのことって言うからさぁ。全然大したことないじゃん」 「それは、だって。高三にもなって親がとか気持ち悪くない?」 「別に。むしろ親孝行してんなぁって思う」 「ほんと? ……そっか」  満島はぽりぽりと頬をかいた。
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