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生霊
穏やかなある昼下がり。佐藤探偵事務所には非常に珍しくヒマを持て余した中嶋がいた。人間関係など疑いだしたらきりが無い昨今、浮気調査依頼など入れ食い状態なわけだがその日は何も予定がない。
こういう時でないとできないからと、請求書の処理をしていた。それはもう物凄い速さで。
『サトちゃんってこういうところマメですよねー、意外と』
キーボードを打つ早さがまるで早送りを見ているかのような光景に、幽霊の遠藤一華は呟く。先日大量についてきた動物霊を全て成仏させたが、力士が土俵に塩をまく以上の勢いでまかれた塩も一華にはまったく効果がなかった。
一度塩を使って成仏させようと試みているので効かないのは知っていたものの、あの量の塩でもだめなのかと驚きを通り越して呆れている。中嶋も、一華本人も。
「つっこみどころは二箇所、会社の金使って物買ってるなら処理は当たり前でマメとは違う。あと意外って言うけどな、そもそも俺はここに経理担当で入ったんだぞ」
「『ええ!?』」
一華の声とハモった声を中嶋は聞き逃さなかった。もう一人の声に中嶋の額に青筋が浮かぶ。
「何で小杉が驚くんだよ。お前の前でも結構請求書の処理とかしてただろうが」
調査報告書をまとめていたらしい小杉綾乃の手は完全に止まっていた。中嶋を振り返り、驚きに目を見開いている。
「そんな、絶対にヤクザとか警察と渡り合える人材だからスカウトされたのかと思ってました」
『ぶふっ! い、言えてる!』
真面目に驚く小杉と口を押さえて笑っている一華に何か言い返そうかと思ったがやめた。小杉だけなら「ボーナス出たからおごってやろうと思ってたのに」で通じるが、一華には今のところ有効な手段が思いつかない。物はあっても仕方ないし、本人が望むものがそもそもない。憑依させて好きなものを食べれば味覚を共有できるので食べた気分を味わえるが、あくまで「気分」だ。そんな事をしても空しくさせるだけだと知っている。
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