告白

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告白

 あっという間に日は傾き、オレンジ色の世界は今日の終わりが近いことを示す。  ショッピングモールの屋上、芝生やら観葉植物やらが置かれた簡素な公園で、春人と冬華はベンチで休んでいた。周りには人っ子一人もいないため、完全な二人だけの空間。だからなのか、春人の恋心はいつもより調子づいていた。  やれ告白だ、やれつき合えだのと春人をひどく困らせる。しかし、春人が困っているのはそれだけじゃない。今日の映画を見て、心境の変化が訪れたからだ。 「春人さん?」 「……」 「もしもし春人さん?」 「あ、ごめん。何?」 「なんだが難しい顔をしていたので。あの、何か困らせてしまうことをしてしまったでしょうか……」 「そんなことないよ。ちょっと考え事をしていただけ」 「どんなことを考えていたんですか?」 「大したことじゃないよ」  春人は笑って誤魔化すも、もちろん建前だ。  一大決心と言っていいほど、春人は大きな岐路に立たされている。  想いを果たすか、それとも、諦めるか。想いを果たせ派の恋心と、諦め一択の良心に両腕を引っ張られて、春人の心は引きちぎれそうになっていた。 「そうですか。もし、悩まれているのなら気軽に相談してください。私でよければ力になりますから」 「ありがとう冬華。その時はよろしく」 「はい。任せてください」  その時はまさに今この時だが、当の本人に相談するのもおかしな話だ。どうせまた、気づかないふりをして終わる。何度も繰り返してきたことで、いつしか春人の常とう句だ。  春人はお茶で喉を潤すと、何げなく空を見上げる。夕焼けの空には夜が重なり、少しの星が輝いていた。  思えば、映画の幕引きとなるシーンはこんな空だった。主人公は果たせなかった想いに嘆き、夜に落ちる空へと慟哭した。 「この空、主人公が嘆いていた空と似てない」 「言われてみればそうですね。黄昏時とでも言うのでしょうか。たしかに似ています」 「……もしもの話なんだけどさ。果たせない想いが果たせるなら、冬華は絶対に果たしたい?」 「難しいですね。私は……どうでしょう。少し考えますね」 「ごめん、変な質問して」 「気にしないでください。普段考えないことを考えるのは、楽しいですから」  冬華はそう言うと、足をぶらつかせてどこか楽しそうに考える。春人はそんな冬華の姿に、心がズキズキと痛んだ。  決めることができず、こうして冬華を頼る。否、考えることをやめて、冬華に丸投げした。だからこそ、春人の心は痛い。卑怯者、弱虫、最低だ……。良心はこぞって春人を叱り、恋心の言い訳すら聞こえないほどだ。 「私はたぶん……。いえ、果たしたいです。だって、もったいないじゃないですか。届くのに手を伸ばさないで、指をくわえて見ているなんて。そんなの私は嫌です」 「!!」  力強く、それでいてよどみなく発せられた冬華の答えは、春人にとって予想外だった。  あまりのことに、春人を叱る良心はあんぐりとして、ついに恋心の便りが届く。もう二度と同じ後悔をするな。半ば命令口調の便りだが、春人を突き動かすには十分だ。  冬華がそうであるなら、春人の覚悟は決まる。偽り続けてきた日々とはお別れだ。 「春人さん、そろそろ日が暮れてきたので帰りませんか?」 「そ、そうだね」  早くしろと、春人の心は早鐘をうつも、春人は黙殺する。  決まったと思っていた覚悟は、本当はまだ不完全だった。足りないのはほんの少しの勇気。わがままだと知っていても、それがなければ完全にはなれない。  冬華がベンチから立ち上がり、出口に少しを足を進めたその時、一陣の風が吹き抜ける。日だまりのような、暖かな風が春人の背中を押した。あと少しの勇気を春人に与えてくれた。 「冬華」 「はい」  振り向く冬華を、外灯が照らし出す。春人は、おぼろな暗闇から声を発する。 「俺と、つき合ってください」 「……」  意を決した一言に即答はない。冬華はしばらく口をつぐみ、春人の心臓は爆発しそうだ。  もし、断られたなら。最悪なことばかりを考えてしまい、春人にとって沈黙は毒だ。  一秒が永遠に感じる空白。春人は目をつぶり、口を真一文字に結んで答えを待つ。ほんのわずかな瞬間でも、答えを得るまでの間は現実を見たくない。 「春人さん」 「う、うん」  春人は目を開けて、やっと冬華を見る。冬華は、風にすくわれた髪をおさえながら笑う。  影となった冬華の表情では、笑顔以外の情報は得られない。愛想笑いか、満面の笑みか。困惑か、喜々か。  春人は何も分からないはずなのに、なぜか悪い予感はしない。  そして冬華の口が、悠久の時が動き出した。 「私でよければ、こちらこそお願いします」  冬華の答えに、春人は思わず目を丸くする。  現実が、とっさに夢へと変わったのだろうか。身に余る嬉しさは、春人を疑心にさせる。  春人が未だ夢うつつであると、冬華は春人に歩み寄ってきた。 「春人さん?」 「ご、ごめん。言っておいてなんだけどさ、夢じゃないよね?」 「夢じゃありませんよ。ほら」  頬に触れた冬華の手は、たしかな温もりがあった。冬華が教えてくれた紛れもない現実は、春人の足を地につかせる。 「現実(ほんとう)だ」  春人がはにかみ笑いをうかべれば、つられて冬華も微笑む。  告白に成功してひと段落。といきたいが、春人にとって始まりに過ぎない。  春人は頬に触れている冬華の手を両手で握り、ニッコリと笑う。  紡げなかった思い出を、得たかった初恋を、冬華と共に刻んでいく。その期待から笑う顔に悪魔が潜むなど、冬華も、ましてや春人すら気づかない。 「これからよろしくね」 「こちらこそ、よろしくお願いします」
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