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あまり使わないというのは本当のことのようだ。
春人は机に突っ伏してスマホの画面を見る。メールの送信時刻は昨日の21時だが、返信は朝の8時になってもこない。
いったい何をしていれば、こんな便利な物と距離を置けるのか。春人が冬華の生活に疑問を感じていると、忍び寄る一つの影。
春人は気配に気づいてスマホを伏せるも、それは悪手のようだった。
「どうして急に隠すんだよ。覗きこむわけでもないのに」
「いいだろ別に」
「俺にも隠したいこと……これか?」
「あほ」
海が気色悪い笑みを浮かべて小指をたてれば、春人はあきれた顔をする。
恋愛脳の海らしい発言だが、春人にとって今は鬱陶しい。けれど、海はそんな春人などおかまいなしだ。
「俺を騙そうなんて100年は早いぞ」
「騙そうも何も。本当にできてないよ」
「じゃあ何で隠したよ」
「しょうがないだろ、脊髄反射なんだから。それよりもしつこいぞ、そろそろ諦めたらどうだ?」
「しつこいのは反省する。けど、教えてくれない? これじゃあ気になって授業中も寝れないよ」
「寝なくていいだろ」
「頼む。一生のお願いだ」
「それ入試の時も聞いたんだけど……はぁ、分かったよ。けど、他言無用だからな」
「もちろんだとも。俺は口が堅いことには定評あるからな」
海が疑惑の発言をすれば、春人は思わず眉間にしわを寄せる。
「どの口が言っているんだ」。そう言ってやりたい気持ちがあるも、春人はグッと言葉をのみこむ。これ以上、間延びさせるのは面倒だからだ。
「実は冬華と連絡先を交換したんだ」
「嘘!?」
「声がでかい!」
春人もついつい声に力が入り、一瞬にして春人と海は注目の的だ。
静寂の間は周囲の視線が突き刺さり、やっと騒がしさが戻る頃には。そんな視線も霧散する。
海はさすがに反省したのか、次に発する声のボリュームを極端に落としてきた。
「すまんすまん。お前それは本当なんだよな?」
「これは本当だ」
「まじか……。でも、冬華とは知り合いだからな、頷けないことはない。羨ましい」
「羨ましいならお前も交換すればいいじゃん」
海が本音をのぞかせれば、春人は海をからかう。
ささいな仕返しのつもりだったが、海にはそうではなかったようだ。
海は目を尖らせて、物々しい雰囲気で春人を見下ろす。春人はその雰囲気に気おされて、ばつの悪さからたまらず視線をそらした。
「悪かったよ、冗談。いつか冬華にお前のことも紹介しておくから」
「……やっぱ持つべきは友だなぁ」
「!?」
さっきまでの雰囲気はどこへやら。海はけろりとしていて、春人は表情を曇らせる。
してやられた。やり返すつもりが、逆に春人がやられてしまった。
「嘘はなしだからな? 男に……なんだっけ?」
「二言はない。ああもう最悪」
春人が頭を抱えれば、頭の上から悪魔のけたり笑いが聞こえてくる。その笑い声を聞くたび、春人の頭には最悪の二文字があふれかえり、いつしかそれはムカムカへと変わっていく。
春人が自分の甘さと嵌められたことへの怒りを覚えれば、スマホの着信音が響いた。
「お、来たじゃん」
「そうだな。……のぞきこむな、どっか行け」
「いいじゃん減るもんじゃないんだし」
「不快」
春人が手を払えば、海は渋々とその場を離れていく。
ちゃんと目でのけん制を混ぜて、海を自分の席へと押し戻せば。春人はやっと返信にありつける。
返信はまるで、ビジネスメールだった。件名にはメールの本文が要約されて、本文はお堅くまとまった文章。
そこには返信が遅れた謝罪と、メールではなく会って話そうという内容が書かれていた。
春人は早速、返信を押して件名に全てを打ちこむ。
[件名:早速だけど今日の放課後、昨日の場所で会える?]
送信を選択して数秒、冬華から一通の空メールが届く。
春人はその一通に、思わず笑みがこぼれた。春人と冬華の間で空メールは、承知の意味を有しているからだ。
――――
春人は約束の場所で冬華を待つも、心はソワソワしていた。
かれこれ3年も会わず、久々に会えばまるで別人の冬華にどう接すればいいのか。春人はそればかりが悩みの種だった。
昔と同じように接したところで、昔のままの会話は期待できない。今の冬華は、夏海に似た別人だからだ。
春人は一度大きく息をはいて、心を落ち着けるために外を眺める。
外には、西日に照らされた針葉樹林が春人を見下ろしていた。時おり、吹き抜ける風に揺られてなお、毅然と春人を見下ろしてくる。
その堂々たるや、春人は憎らしくなりたまらず視線を切る。
しょせん木であり、木に心などありはしない。春人は動揺する心を鼓舞して、スマホを取り出そうとしたその時、約束の相手が来た。
「春人さん。遅れてしまい申し訳ありません」
「大丈夫だよ。遅れたとかないから」
「しかし待たせてしまったは私の落ち度なので……」
「待ってないから、俺もちょうどさっき来たばかりだよ」
春人は反省しきりの冬華を気遣い嘘をつくも、その嘘は看破されているようだ。冬華の顔には未だ反省の色が濃く、春人自身、申し訳ない気持ちになる。
このまま重い空気は引きづりたくない。春人は強引と分かっていても、話題を変えることにした。
「ところでさ、昨日聞けなかったこと聞いていい?」
「はい」
「冬華はさ、どうして引っ越したの?」
「親の都合ですよ。詳しくは存じませんが、親の都合というのを聞かされました」
「そうだったんだ」
「あの、私からもよろしいですか?」
「なに?」
「この後、町を案内してもらってもよろしいでしょうか。すっかり変わったと聞いたので、実際に見て確かめたいんです」
「もちろん。任せてよ」
冬華の輝いた曇りなき目を見れば、春人までワクワクしてくる。
偶然にできた二人の時間。春人がどこを案内するか考えていると、お邪魔虫が思考に入りこんできた。
昨日、春人を邪険にあつかった愛子が同行するなら、二人だけの時間は白紙だ。
「冬華、昨日の友達も一緒に来るの?」
「愛子さんは来ませんよ。ただ……」
「ただ?」
「悲しませたらただじゃおかない。と伝えるように頼まれました」
「肝に銘じておきます」
やはり愛子が一枚噛んできた。けれども、一緒に来ないことを考えると、それほどの信用は得られたようだ。
もちろん、冬華を悲しませる気はさらさらない。春人はむしろ、楽しませたいという思いでいっぱいだ。
「それじゃあどこから行こうかな。商店街のお店もいいんだけど、やっぱり昔よく行った場所を回ろうか」
「いいですね。昔よく行った場所、駄菓子屋さんにあの公園に……。指で数えきれないほどです」
「そうだね、たくさん遊んだからね。駄菓子屋なんかさ……って。思い出話したら時間が足りないか。それじゃ、さっそく行こう」
「はい。よろしくお願いします」
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