第3話 的確な引継ぎで初日もスムーズ

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第3話 的確な引継ぎで初日もスムーズ

 やって来た会議室はテーブルとホワイトボードだけがある殺風景なスペースだ。静けさのせいで僕の声は不必要なまでに響いてしまった。対面に座る2人が真剣な面持ちであるのも、重圧に拍車を掛ける。  パイプ椅子が冷たい。何かを警告するようなギシギシとした音からも不吉さが感じられた。 「人を集めるのが役目……ですか?」 「そうだ。手始めとして、君には人間を呼び寄せて欲しい。多い分に越したことはないぞ」 「できれば元気で活発な子が良いかしらね」 「うむ。活きの良い者だと尚、歓迎する」 「そんな人達を集めてどうするんですか?」 「クフフ。目的が気になるのなら、当ててみるか?」  ビー玉のような瞳が三日月型にグニャリと歪む。微笑んだのかもしれない。 「もしかして。食べちゃう、とか?」 「グッフッフ。違うなぁ。そんな理由ではない」 「じゃあ、大勢の人を魔法で洗脳して、ゆくゆくは地球を征服するとか」 「クフフフ。グワァーーッハッハ!」  会議室が震える程に響き渡る。小気味よい高笑いが出たってことは、核心をついたんだろうか。悪役が言う、よくぞ見破ったなパターン。 「あぁ笑った笑った。さすがに小説を書くだけの事はある。想像力が豊かで大変結構!」 「マジマくんったら、冗談が上手いわね」 「はぁ、どうも……」  割と直球気味な返答をしたつもりだけど、なぜか褒められてしまった。悪魔特有のツボってものを理解するのは難しい。 「マジマくん。私達は人間なんか食べないし、この世界にも強い興味は無いの」 「エレンの言う通り。我らは諸事情により魔界よりやって来たのだが、いずれ帰るつもりでいる」 「そうですか。じゃあなんで……」 「なぜ我らが遠路遥々やって来たのか、まずはそこを説明しよう。仕事の話にも繋がるからな」  そうして綴られた物語は壮大で、割と長ったらしかった。まとめると、魔王様の故郷は、エレンさんのような人型の住民と、オルトロスのような獣型が住む世界だ。それらを総じて魔族と呼ぶ。  しかし最近の異常気象により獣型が大繁殖。人型が追いやられた結果、テリトリーがどんどん狭まっていき、今や深刻な社会問題にまで発展してるんだとか。 「それは何て言うか、大変ですね」 「幻魔獣と言ってね、幻素を食べて生きる猛獣よ。私達も頑張って撃退はしてるけど、正直手に余っている状態なの。皆が皆オルちゃんみたいに従順だと助かるのに」  幻素とは聞き慣れない単語だけど、今は無視することにした。どうせ尋ねても分からないだろうから。 「じゃあ、人を集めるっていうのは……」 「幻魔獣を駆逐し、その数を適正値に戻したい。その為の戦力を人間世界より補充する」 「えぇ! 本気ですか?」 「無論だ。何か問題でも?」  僕の脳裏には、オルトロスの一件が浮かび上がった。エレンさんみたいな細腕の女性でも、僕なんかより遥かに筋力があるのは餌やりの件で判明している。 「僕たち人間は、アナタ達が考えるよりずっと非力ですよ。とても戦力になるとは思えません」 「理解している。何も無差別に戦場へ送るつもりはない。頃合いを見て探し出すのだ、適正者と呼ばれる人間をな」 「てきせーしゃ、ですか?」 「そうだ。まぁ今のうちは詳しく知る必要はない。人を集めてくれれば十分だ。仮に戦力にならずとも、事務方などの別な活躍どころを用意しよう」 「はぁ、では、やってみます」 「ところでだ。今まで聞きそびれていたが、君はどうやって我が社に辿り着いた?」  尋ねられて脳裏に甦るのは、求人サイトだ。資格やら実務経験で門前払いを受ける中、ようやく見つけたのが魔界ワーク社。性別年齢経歴は全て不問、時給応相談という間口の広さから応募してみたのだ。  一般事務としか記載の無い求人へのエントリーは、正直言ってクソ度胸が必要だった。犯罪者まがいの危険な会社である可能性だって十分にあったのだし。その結果が収入の大幅増だから、滅多に無い幸運を掴んだものだと思う。この先も、身の安全が保証されるならば、だけど。 「求人サイトで色々と調べてたら、見つけました……」 「ふむ。やはりキュージンコーコクとやらか。確かに反響自体はあったのだが、今後はアテになるまい」 「どうしてですか。手っ取り早く人を集められますよ」 「マジマくん。実はアナタ以外とも面接したの。10人くらいかな。みーんな断られちゃったわ」 「まぁ、そうでしょうね」  僕以外が逃げた事よりも、あれに10人近くがエントリーした事実に驚かされた。  正直な話、僕も切羽詰まってなければ応募すらしなかったと思う。そして人並みの根性さえあれば、面接の段階で逃げ出したハズだ。 「あとね、求人広告を出す時にサイト管理会社からチェックが入るの。募集内容とか自社アピールなんかをね。そこがどうにも折り合いがつかなくって、結局は白紙同然で出したのよ」 「そんなプロセスがあるんですか。初耳です」 「皆で頑張って書いた文面を送ったんだけど、怒られちゃったわ。真面目にやってくださいって」 「それって見せて貰えたりは?」 「えぇもちろん」  エレナさんから手渡されたタブレットには、問題となった文面が綴られていた。無機質な電子データの文字列なのに、強烈すぎる単語が踊り狂っていて、ついつい前のめりになってしまう。 ◆ ◆ ◆ 来たれ、人間の雄よ 我ら魔界の民は血気盛んなる者を求める。 熱き血潮を刃に乗せ、彼奴らの首をはね、大いに戦功を立てよ。 まぁいきなりだと不安よね、でも心配しないで。 魔界での作法から魔法の扱いまで、じっくり丁寧に教えてあげるから。 一旗あげてぇならウチに来い。 だが前線に出た時は功を焦るなよ。 飛龍や大蛇、キメラにゴーレムと手強い敵が盛り沢山だ。 まずは我らと契約を。 魔王軍は前線部隊から後方支援要員まで、幅広く才を求め続ける。 業務内容: 前線基地の構築および死守、敵勢力の駆逐 希望するスキルや経験: 剣術初級以上の戦闘技能、戦術立案経験、攻撃・回復魔法他 給 与 : 経験・能力を考慮し社内規定により算出(時給20ディナ保証) 各種手当付き 勤務地 : 多数 雇用形態: 魔王軍第1師団 従騎士  ※事務系も随時募集中! ◆ ◆ ◆ 「フザけてんですかアナタ達は! こんなの求人じゃないですよ!」 「何を言う、極めて真面目に書き上げたのだぞ」 「どう読んでもゲームやイベントの告知にしか見えませんから! 文字数の割には具体的な話が一切ないし、しかも口調がバラッバラで読みにくい! 業務内容とか正確かもしんないけど、こんなのリアルで持ってる人間居ませんよッ!」  ふと気付けば、2人とも両目を開け広げて固まってる。マズイ、つい感情のままに怒鳴ってしまった。どっちも上司だし、片方は責任者だし、そもそも人間よりも遥かに強い種族だ。ちょっと機嫌を損ねでもしたら命の保証なんか……。  冷や汗が頬を伝い、腹まで落ちる。肝ならとっくに冷却済みだ。恐る恐る下がった視線を持ち上げ、前面の様子を盗み見た。  すると、魔王様の瞳は三日月の様に歪んでいた。 「どうだエレン。彼は熱いものを持っている。ワシの眼に狂いはなかったろう」 「本当ね。さすがに驚いたわ」 「マジマ君。その熱意があれば業務も難しくあるまい。ぜひとも末永く尽力して欲しい」  魔王様が満足そうに高笑いすると、会議室から出ていった。 「頑張ってね。私に分かることなら、いつでも相談に乗るから」  エレナさんも爽やかな笑みを残して立ち去った。 「もしかして、気に入られた……?」  こうして1人残された僕は確信を得た。試用期間を終えても手放してくれない事を、そして、この先もずっと魔王軍の為に働かされる事を。  なぜあそこで感情を爆発させてしまったのか、自分の迂闊さと運命を呪いたくなる。 「ごめんマジマくん。ちょっと手を貸して欲しいな」 「はい、すぐ行きます!」  そしてエレンさんに呼ばれただけで、足取りがフワフワと軽やかになってしまう。どこまで安直な男なんだろうと、我ながら思った。
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