起こり

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起こり

 28日午前7時45分ごろ、18歳の東京都在住の男子高校生が電車にはねられ、死亡した。教育委員会によると男子生徒は事故前日も登校し変わった様子は無かった。  そんなニュースを耳にするや否や取材班がうちの学校へ駆け込んでくる。校門前で取材を受けているのは前田と二宮だ。悟とよくつるんでた2人だ。俺は誰かを待っているフリをしながらその話に耳を傾けた。 「……それで何か変化とかは無かったのかな??」  記者が尋ねる言葉には友達なのに分かってあげられなかったのかという思いが込められているような圧を感じる。二宮はぶっきらぼうに何度も「ふつーだよ」と返す。実際、俺から見ても自殺なんかするようには見えなかった。それでも食い下がって来る記者に前田が答える。 「でも、最近付き合いは悪くなったよな。昨日も5時で帰っちゃうし」  記者はその言葉に興味を示して「原因はなんだと思う?」と尋ねる。 「原因か……やっぱり受験なのかな、あいつ頭めちゃめちゃいいんだけど。頭良い奴が考える事は良くわかんねぇわ。なんか相談的なのもされた事あったし」  そう言って悲しそうな顔を浮かべる。  記者はメモを取りながら「辛いこと聞いちゃって悪かったね。取材受けてくれてありがとう」と言って立ち去った。  次の日、自殺に関しての記事をネットニュースの見出しで見つけた。 ――18歳男子高校生は受験戦争に殺された!? 進学校の教育で育まれた優等生が抱える闇とは!  11月27日  今日は昨日より一段と冷える。こんな日がずっと続いている気がする。セーターとブレザーを着て……11月にコートはまだ早いか? 着ている人もいないだろうし。そう思うと一旦全部を脱ぎすて、ヒートテックをもう1枚着て学校へ向かう。  最近は少し早く家を出て、7時半には学校に着くようにしてる。受験を意識してないといったら嘘になるが暗記物は朝にやった方が頭に入ってる気がするし家だと布団の誘惑に負けてしまうから。  皆がポツポツと来始めた時「おはよ」と声をかけられる。柔らかな声の持ち主は寺園こよりで今日ある英単語テストの教材を手に持っている。 「いつも早いね?それって予習?」  俺が解いていた数学の参考書を指して言う。 「いや、ふつーに買ったやつ。友達と競争してんだよ。どっちが早く終わるか」 「いいね!そーいう勉強、楽しそう!」  それから2人で英単語の問題を出し合ってる内に席は埋まっていく。チャイムがなってダラダラと立ち上がる間に滑り込んできたのが前田育夢である。その姿はコートだけじゃなくて手袋、マフラー、極めつけはニット帽まで被っている。 「いやー今日は寒いわ、寒くて死ぬ」  今でその格好なら真冬は何着るんだよバカだなと突っ込んだが自分が着れなかったコートを着ているのを見て、その自由さに少し憧れた。  授業の合間の10分休みの大半は育夢と悠斗と喋って時間を潰す。何を話したのかなんて1日経てば忘れてしまうようなくだらない事が多い。それでも俺はその一瞬の笑いを楽しんでいた。 「今日は体育がないから、つまんねぇわ」 「それな、早退しようかな」  机に突っ伏しながらしている会話に俺は振り向いて混ざる。 「でも今日実験あんじゃん」 「実験か、もう飽きたよな〜、意外と喋れねぇし」  今年赴任してきた新しい化学の教授は座学が嫌いなようで「どうせ俺が喋ってても寝るんだから手を動かして覚えた方がいい」そんな事を言うような先生だった。俺は今でも楽しいが悠斗には合わないらしい。  二宮 悠斗はこう会話している時にでもスマホをいじっているような現代っ子だ。テストの点数は悪くないのだが授業態度で成績が悪くなるような奴だった。化学の町田先生にも当然、目をつけられていて最近怒られたばかりだった。その事がさらにダルくさせているのだろう。 「じゃあさ放課後、カラオケでも行かね? 最近行けてないし、こういうつまんない日はストレス発散に限るだろ」  放課後は図書館で逆井と勉強するのが2週間前から恒例になっている。特に約束なんかはしていないが行かないのも何となく悪い気がする。でもカラオケの誘いは前回も断ったからなぁ。俺は悩みながら答えた。 「うーん、5時までなら大丈夫だわ」 「小学生かよっ。仕方ねぇ駅前まで走るべ」  楽しみがあると退屈な授業の時間の進みも早い。あっという間に放課後になり、汗だくでルームへと入る。クーラーのボタンに手をかけた所でもう曲が流れ始める。 「初っ端から飛ばすぜ!アァァオ!」  変な奇声を上げながら熱唱している育夢に悠斗は笑い転げている。元気になってくれて何よりだ。 「68点の歌声出してんじゃねぇよ」と突っ込んで悠斗が続いて歌い、それからはローテーションで歌って最後は3人の純恋歌で締めた。 「てか最近悟、こよりと仲良いいよな」 「席近いから授業中ちょっと話してるだけだよ」 「えー、なんかお似合いな感じするわ。今度、田代ら辺誘って来ようぜ」 「なんだよ、田代狙いかよ」  田代は寺園と仲がいい奴で同じグループ的なのに入っている。Cは恥ずかしそうに「ちげーよ」と言っていたが間違いないだろう。 「またな」と挨拶して3人とも別々の帰路につく。  うるさい環境から一転、俺は地元の図書館へと向かう。逆井とは小学校と中学の頃に通っていた塾が同じで付き合い始めて8年とかになる。高校ではクラスが別で合同でやる体育とかで話すぐらいだった。  それでも1番気を使わない友達なのは間違いないし、コイツから学ぶ所は多いように思えて2週間前に図書館に誘った。それからは平日はここへ来て勉強している。 「遅れたわー」  逆井はイヤホンを身につけていて聞こえていないようだった。黙々と数学の参考書を解いている。俺が今朝やっていた所だ。有名大学の過去問の引用問題で解き方が思いつかず答えを見てしまった所だ。  逆井は答えを見る感じは一切なかった。見ると9桁同士の掛け算をしている。確か桁数を求める問題で、logで近似値を求めて解くはずだった。  夢中で計算していたが答えを出すとこちらに気づいて「見てこれ、えぐいんだけど」と笑いながらパンパンに描き殴られた解答用紙を見せてくる。 「それ、log使って2桁目まで求めるらしいよ」 「まだ使いこなせてないし。多分、ゴリ押した方が早いわ」  その感覚は俺には備わっていないもので、逆井にセンスがあるのを感じていた。中学の時も基礎問題でミスをしていたくせに最終問題は完答していたりするようなやつだった。  今までは予習で騙し騙しやっていた問題達が急に表情を変えて迫ってくるのが分かる。見ないふりをしていた不安が頭の中を駆けていく。そこからの小一時間は空っぽのペンだけが公式をなぞっている状態だった。俺は机を爪でトントンと叩いて言った。 「なんか集中出来ないから先に帰るわ」 「うん、俺もうちょいやってくわ」 「頑張れ、また明日〜」  そしてもう真っ暗になってしまった冬の夕方を歩いていく。  家に帰ると身体を包み込んでくれそうな暖気がクリーム系の匂いを運んできてくれた。今晩はシチューなようだった。「ただいま」と言うと「今日は早かったね」と料理を作りながら返事をした「今日やる所はもう終わったから」と言いながら自分の部屋に入っていった。散らかった部屋。大晦日になったら掃除しようという理由で最近片付けていない。パソコンに服、バスケットボール、雑誌や漫画など。誘惑するものが多いので部屋ではだらけてしまうことが多い。夕食後、おもむろに手に取った漫画のせいで22時を回っていた。あわてて単語帳に変えるが文字を目で追っているだけで役に立たなかった。    逆井にLINEを送ってみる。「今、勉強してる??」大した内容じゃないが向こうも集中出来てなかったら電話でもしながらダラダラやろうかなと思ったぐらいだった。風呂から出ても既読は付いていなかったので、何故だか小っ恥ずかしくなって送信を取り消した。自分らしくなかった気がする。  電気を消すと心臓の音が強くなった気がする。明日は6限まで座学か、面倒くさいな。というどこにでもある思いから派生していく長い空想の夜が始まった。    
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