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【episode5-瞳の奥】
目の前で、悪びれることもなく端正な顔で煙草の煙を燻らせている魁人。
その姿を見ていて沙楽は、魁人から別れを切り出された嵐の夜のことを思い出していた。
「お互いが死ぬ時は隣にいよう。」
「そして同じお墓に入ろう。約束だ。」
そう言いながらも、別れを口にする魁人の言葉に、沙楽は涙を止めることができなかった。
普段は人前で泣くことのない沙楽だったが、溢れる水滴を制御することができなかったのである。
別れようといいながら、吸い込まれそうな瞳で沙楽を見つめながら「泣き虫だな。」と言って沙楽の顔を覗き込む魁人をズルイと思いながらも、愛おしかったのである。
離れたくなかった。
泣きじゃくる沙楽に視線を向けると、「もう少し一緒にいよう。」そう言って運転席のシートを倒し目を閉じる。
運転席で寝息を立てる魁人を見ていると、様々な思い出が甦ってくる。
時々考え込む顔が愛おしかった。
沙楽、と呼ぶ声が恋しかった。
自分の姿を映し出す美しい瞳が好きだった。
寝てる魁人を見て、このまま一緒に溶けあえたらいいのにと思った。
だが、魁人の意思は変わらないだろう。
それは、幼馴染みの沙楽が一番よくわかっていた。
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