【episode5-瞳の奥】

1/1
前へ
/8ページ
次へ

【episode5-瞳の奥】

目の前で、悪びれることもなく端正な顔で煙草の煙を燻らせている魁人(かいと)。 その姿を見ていて沙楽(さら)は、魁人から別れを切り出された嵐の夜のことを思い出していた。 「お互いが死ぬ時は隣にいよう。」 「そして同じお墓に入ろう。約束だ。」 そう言いながらも、別れを口にする魁人の言葉に、沙楽は涙を止めることができなかった。 普段は人前で泣くことのない沙楽だったが、溢れる水滴を制御することができなかったのである。 別れようといいながら、吸い込まれそうな瞳で沙楽を見つめながら「泣き虫だな。」と言って沙楽の顔を覗き込む魁人をズルイと思いながらも、愛おしかったのである。 離れたくなかった。 泣きじゃくる沙楽に視線を向けると、「もう少し一緒にいよう。」そう言って運転席のシートを倒し目を閉じる。 運転席で寝息を立てる魁人を見ていると、様々な思い出が甦ってくる。 時々考え込む顔が愛おしかった。 沙楽、と呼ぶ声が恋しかった。 自分の姿を映し出す美しい瞳が好きだった。 寝てる魁人を見て、このまま一緒に溶けあえたらいいのにと思った。 だが、魁人の意思は変わらないだろう。 それは、幼馴染みの沙楽が一番よくわかっていた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加