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「あー、いよいよ、入籍かあ」
汗も乾いたころ、彼は乱れたベッドの上で、ごろりと身を天井に向けて広げてみせる。
「何それ。今さら」
「正直、実感が湧かないんだよね」
「それはそうかもしれないけど」
私はちくりと棘のある声を出しながら、彼に同調したい自分の胸中にも気がついている。
「だってさ。何が変わるわけでもないし。俺も、きみも」
なんでもなさそうに放つ言葉は、不思議なほど私の内側に反響する。
「何も変わらないかなあ」
「変わらないよ。変わるつもりもないし。今が一番、素敵だと思っているからね」
「……っ」
そういう歯の浮くようなセリフを、当たり前のように投げかけないでほしい。
「……本当に、いいの?」
「何が?」
「私、そんなに魅力ないし」
ずっと不思議ではあった。疑問に思っていたがゆえに、尋ねられなかったこと。
彼は正直ちょっと頼りないところも軽いところもあるが、優しいし、いつでもポジティブだ。交友関係も広く、まあ、見るからにモテるし、実際にモテてきたこともなんとなく知ってはいる。
そんな彼が、どうして私を選んでくれたのか。根本的なところで、特にセールスポイントがあるわけでもなく自分に自信なんて持ったことのない私は、これまでずっと、はっきりとは聞けないままだったのだ。
「またまたあ」
びっくりするほど朗らかに、一笑に付された。
心の底から「何言ってんの」という態度だ。
「とっても魅力的だよ、きみは」
「……そんなわけないでしょ」
「自信が持てないの?」
ぐっと彼の顔が近づく。相変わらず、鋭い。
「自分じゃ気が付いてないかもしれないけど、いいとこだらけだよ。気が強いわりに優しいところ。約束を守るところ。相手を尊重しようとするところ」
「……そんなの、どれも、大したことないでしょ。特別なことじゃない」
「あるいは、そうかもしれないね。ひとつひとつは確かに、取るに足らないことなのかもしれない。だけど、ちょっとしたことだからこそ、本当にそういう美点を積み重ねることができている人って、意外と少ないよ」
「でも」
「それに俺は、きみがそういう人だっていうことを、よく知ってる。知ってるっていうのは、俺にそういう長所を見せ続けてきてくれたってことでしょ? 他の人とは、実感が、説得力が、全然違うんだよ」
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