1.前夜

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 男女平等だの男女同権だのと叫ばれるようになって久しい今の時代でも、男に生まれたというだけで享受できる恩恵は決して少なくない。  そして男にとってはそれが当たり前なのだ。だから自分が恵まれていることにも気づかない。 「婿養子でもないのに男が苗字を変えるなんて普通じゃないし、変だ、って。ありえない、無理だ、とも言われた」  なんとなく、由香理をここに連れてきたものの正体が掴めてきた──諦めだ。諦めと、絶望。 「たぶん、あの人は自分の苗字を変えたくないっていうより、私に自分の苗字を使わせたいんだと思う。まるで持ち物に名前を書くみたいに、私にも自分の名前をつけておきたいのよ」  由香理はそう言って、短く乾いた笑い声をあげた。 「ねえ、人が持ち物に名前を書く理由って何だかわかる? 所有権を主張するためよ。ほら、冷蔵庫のプリンに名前を書くアレ。あれが本質なの」 「ああ……」  そういえばさっきも、「寺島さん奥さん」なんて言っていたっけ。  妻は夫の所有物──なんて、時代錯誤も甚だしいと思う。  だが途方もなく長い間連綿と受け継がれてきた伝統は、そう簡単には変わらない。
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