1.前夜

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「……じゃあさ、もうやめれば?」  俺は努めてさりげなく言った。 「え? やめる?」  由香理はきょとんと眼を瞬いたが、間もなくして納得の色を浮かべる。 「事実婚ってこと? それはちょっとないかな。だって──」 「いや、結婚そのものを」  遮って言うと、由香理は一拍置いて大きく目を見開いた。 「無理よそんな……婚約中ならまだしも、浩輔だって知ってる通り明日は──」 「入籍は? 届は出したのか?」  再び遮って尋ねる。 「それは……明日、式が終わってから出しに行こうって……」  由香理はうつむきがちに答えた。 「だったらまだ間に合う。入籍してしまえば、苗字を取り戻す方法はほぼ離婚しかなくなるだろ。でも相手が拒否したら、『旧姓に戻したい』って理由じゃ裁判所には認められないかもしれない」  厳密には、離婚以外にも方法はある。  由香理の親と養子縁組をすれば、二人とも佐倉姓になるはずだ。  だが話を聞く限りその可能性は限りなく低そうだった。
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