1.前夜

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「……もし、浩輔だったらさ。『垣内浩輔』から、たとえば『佐倉浩輔』になってもいいって思った?」  ごまかしきれない涙声で由香理が尋ねる。 「俺? うん、まあ。俺は別に……いい、かな」  やや間があいてしまったのは答えに窮したからではない。言い回しに迷ったからだ。  それで長年想い続けた女が手に入るなら、俺は苗字くらい喜んで捨てる。名前の一文字や二文字、犠牲のうちにも入らない。  だが正直にそう言うわけにはいかなかったのだ。それは結局、由香理の考えを否定し、突き放すのと同じことだから。  そう思った瞬間、脳内でひらめくものがあった。なのかもしれない、と。  意識的にか無意識にかはわからない。  だが相手の男の態度の根底にはこの感覚があるのではないかという気がするのだ。  つまり、結婚するのだから苗字が変わることくらい受け入れるのが当然だと。  愛する相手のためならそれくらいなんでもないはずだと。むしろそうあるべきだと。  そっくりそのまま同じことが自分にも言えるのに、それには気づかずに。  そして男のその無頓着さがめったに責められたり指摘されたりしないのが、今のこの国の現状だ。
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