1.前夜

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「何……言ってんの? だって、そんな……っ」  由香理は信じられない、とばかりに目を見開いた。 「俺とじゃ結婚は無理って?」  悲しげにも責め口調にも聞こえないよう少しおどけて言う。 「いや、そんなことはないけど……そうじゃなくて……」  否定しながらも言いよどむ由香理は、まるで何かと戦っているようだった。 「俺とだったら、『佐倉由香理』のままでいられるのに?」  さりげなく畳みかける。  すると由香理は下唇を軽く噛んで黙り込んでしまった。 「……浩輔は、友達とかから『かっきー』って呼ばれてるでしょ? 苗字が『垣内』だから。そういうのもあるのに……平気、なの……?」  由香理が言っているのは、主に学生時代に親しくなった友人たちのことだ。  確かに、そのうちの何割かは俺を「かっきー」と呼ぶ。  俺が改姓すると知ったら、奴らはきっと「え! じゃあもうかっきーじゃねえじゃん!」と笑うだろう。  でもそう言いながらも、結局はそのまま「かっきー」と呼び続けるに違いない。  本名が何であろうと、奴らにとって「俺」は今も昔もこれからも「かっきー」なのだ。  「垣内」はあくまでその由来に過ぎない。
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