1.前夜

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「……どうしたんだよ」  何かあったのだろうという気がする。  由香理は俺から目を逸らして、ぼんやりと壁を眺めた。 「さっきも言ったけど……私が私じゃなくなるの。佐倉由香理という人間は、明日死ぬの」  死ぬ──なんて物騒なワードに一瞬固まる。が、俺がその真意を問う前に由香理は再び口を開いた。 「明日からは『寺島さんの奥さん』に成り果てるのよ。そこまでじゃなくても、せいぜい『寺島由香理』がいいとこ。佐倉由香理はこの世からいなくなる」 「名前──苗字が変わることを言ってんのか?」  ようやく察して尋ねると、由香理は不快そうに眉を寄せた。 「変わるんじゃない。奪われるの」 「奪われる、って……ああ、『略奪』とかじゃなく『剥奪』とかの『奪う』か……」  納得して呟くと、ゆかりは一瞬動きを止め、それから盛大に吹き出した。 「えっ、そこに引っかかってたの? 何それ。さすが国文科男子」  何がツボにハマったのかは知らないが、由香理が笑ってくれたことに安堵する。  人生の終わりのような顔をされているよりは、笑ってくれている方がずっといい。
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