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「……どうしたんだよ」
何かあったのだろうという気がする。
由香理は俺から目を逸らして、ぼんやりと壁を眺めた。
「さっきも言ったけど……私が私じゃなくなるの。佐倉由香理という人間は、明日死ぬの」
死ぬ──なんて物騒なワードに一瞬固まる。が、俺がその真意を問う前に由香理は再び口を開いた。
「明日からは『寺島さんの奥さん』に成り果てるのよ。そこまでじゃなくても、せいぜい『寺島由香理』がいいとこ。佐倉由香理はこの世からいなくなる」
「名前──苗字が変わることを言ってんのか?」
ようやく察して尋ねると、由香理は不快そうに眉を寄せた。
「変わるんじゃない。奪われるの」
「奪われる、って……ああ、『略奪』とかじゃなく『剥奪』とかの『奪う』か……」
納得して呟くと、ゆかりは一瞬動きを止め、それから盛大に吹き出した。
「えっ、そこに引っかかってたの? 何それ。さすが国文科男子」
何がツボにハマったのかは知らないが、由香理が笑ってくれたことに安堵する。
人生の終わりのような顔をされているよりは、笑ってくれている方がずっといい。
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