1.前夜

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 現代日本において、夫婦別姓は認められていない。  便宜上、職場などでは「旧姓」を使い続ける人も少なくないが、由香理の言う通りそれは「正式な名前」ではないのだ。  免許証などの身分証は全て新姓に変更手続きをしなければならないし、たとえば銀行口座にしても、旧姓では新設できない。 「相手とは話さなかったのか?」  法律上は、夫婦どちらの苗字にしたって問題はないはずだ。  片方が改姓を嫌がっても、もう片方が受け入れることさえできれば何も問題はない。  だか由香理は首を振った。 「話してみなかったわけじゃない。けど、信じられないような顔をしながら『俺の苗字が嫌いなのか?』とか言われちゃって。そういうことじゃないって言っても、『でもつまりは俺の苗字は使いたくないってことなんだろ?』って……通じないのよ話が」  あまりの鈍感さに、俺は反射的に顔をしかめてしまった。  自分が改姓するという発想がないからこその反応なのだろうが、実際、結婚で自分の苗字が変わることを想像したことのある男なんて、相当な少数派に違いない。
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