4.appassionato/アパッシオナート

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4.appassionato/アパッシオナート

 杏香がカチャンと玄関の鍵を下ろした瞬間、光昭はするりと杏香の腰を抱き寄せ、空いた手で杏香の顎を取り口づけた。手馴れたような動作の自然さに杏香は抵抗することも出来ずそのまま受け入れてしまう。  小さなリップ音とともに、幾度となく重ねられる唇。やわらかな唇の余韻と杏香の腔内を這いまわる舌の感触が強い熱を孕み、全身を苛んでいく。 (と、け……そ、う)  アルコールが回っていくような、じんわりと蕩けていく感覚が杏香の思考を溶かす。呼吸が乱れて、時折吐き出される光昭の切ない吐息が耳朶を打つ。光昭の黒シャツにしがみつく杏香の服は光昭の手でゆっくりと剥ぎ取られていくが、長く続く激しい口付けに杏香はそれに気が付く余裕さえ持ち合わせていなかった。 「ベッド……どっち?」  杏香の視界を占領する少し黒みがかった濃い紅の瞳(アルマンダイト)は、杏香の全てを魅了していた。蠱惑的なバリトンが耳朶を撫でる感覚に酔いしれたまま、彼女は自らの寝室の場所を光昭へと告げる。 「そこ……い、って……ひだり……、っ、ひゃぁ!?」  杏香の言葉を最後まで聞き届けることなく、下着だけの杏香の身体を光昭はするりと抱え上げた。急激に全身を襲う浮遊感に杏香は慌てて光昭の首筋に縋りつく。彼女の身体を難なく抱える光昭の腕は逞しく、頬が触れる胸筋もしなやかなそれ。ぞわぞわと背筋に言いようのない快感が走る。  光昭は杏香の言葉通り、廊下を通り過ぎた左手へと足を向けていた。目の前に現れたベッドへ、とすんと壊れ物のように杏香の身体をそこに横たえる。  光昭がベッドに膝をつくと、ぎしりとスプリングが軋んだ。その瞬間、光昭が黒シャツの袖でぐいっと口元の唾液を拭う。その仕草に杏香の下腹がずくんと強く疼いた。杏香の火照った表情を見遣った光昭がふっと口の端を釣り上げる。  杏香は紛れもなく処女(おとめ)だ。ここからもっと恥ずかしいことをする、という知識はしっかりある。勢いだけでここまで来て恐怖心がないわけではない。けれど、相反するように、破廉恥だと思われてもいいとも思っていた。杏香はすでに、身体も、心も、魂もが彼の所有物(もの)になったように錯覚していたからだ。  杏香は蕩けた思考のままぼうっと光昭の表情を眺めていた。光昭は露わにしたキバで杏香の首筋を甘噛みすると、杏香の肌の上をピリッと電流が流れた。 (あぁ……わたし、本当に)  このひとに生き血を吸われて、食べられてしまうかもしれない。そんなことを考えながらシーツをぎゅうと握り締めた。 「ね……杏香ちゃん、って呼んでいい?」 「ん、んっ……」
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