4.appassionato/アパッシオナート

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 こくこくと頷けば、ふっと息を漏らした光昭がふたたび杏香の首筋にキバを立てる。肌を刺すような痛みすらも杏香にとっては強い快感。そんな杏香の身体の反応を光昭が見逃すはずもなく、光昭の指先が杏香のくびれをするりと撫でた。途端、自分のものとは思えない甘く淫らな吐息が零れ落ちた。 「い~反応。ねぇ、杏香ちゃん。俺って、杏香ちゃんの何人目のオトコ?」  光昭は何か悪だくみを考えているような視線を杏香へ送り、嬲るような言葉を向けた。卑猥……とまではいかないが、ウブな杏香にとっては刺激が強すぎる問いかけ。杏香はかっと火照った身体に身じろぎしながら躊躇うように視線を彷徨わせる。 「…………その……私、はじめて…で……」  杏香の言葉に光昭は大きく目を見開いた。僅かな呼吸すら聞こえなくなった杏香の胸に去来するのは、大きな不安感。杏香がおずおずと視線を戻す瞬間、「マジか……」という弱々しい声とため息が落ちてくる。 「あ、あのっ……重い、ですか」  思わず杏香は上擦った声のまま慌てて光昭へと声をかけた。すると、光昭は頬を瞳と同じくらいに赤く染めて杏香を見つめている。 「や、ちがくて。……嬉しい」  光昭はそのまま唇で、杏香の頬、耳、耳たぶと口づけを落としていく。つい数秒前まで強い官能を誘うような愛撫をしていたくせに、その所作はひどく優しいそれ。  こうした行為は、杏香にとっては初めてはずだった。これまでだれかに肌を許したこともなかった。けれど、光昭は杏香の悦い場所(すべて)を知り尽くしていた。  初めてあの演奏の場に出会った時には、きっと――杏香は、恋に落ちていたのだ。そうとしか思えない。だって、心は、身体は、魂は。全力で光昭を求めていた。 「ん、ん゛っ……!」 「ゆっくり、息……して……」  身体を引き裂かれるような強い破瓜の痛みに抗いながら涙を零し、杏香はシーツをこれでもかと握り締める。それでも、痛みよりも、喩えようもない幸福感で満たされていた。それは、初めて光昭の演奏を目にしたあの夜と同じくらいの大きさを持った感情。  言葉にできない高揚感を隠すように、杏香は光昭の口元に指先を当て口付けを強請った。光昭は優しく笑みを浮かべ、杏香の唇へ小さなキスを落とす。  杏香の内側に埋め込まれた存在感のある屹立が、杏香を労るように迫っては遠くへ逃げていく。杏香にはもう時間の感覚を感じられる余裕はなかった。光昭が身体を震わせると生まれては消える、『生きている』と実感する痛み。その奥に潜む甘く大きな渦に、何度も何度も思考が押し上げられていく。  それはまるで、あの夜に聴いた――光昭が奏でた戦場のメリークリスマスのメロディと同じ。幾度も繰り返される同じ和音が、杏香のこころに、身体に、確かに刻まれていく。杏香は熱く眩い視界の中で、ただただその甘いメロディに酔いしれていた。  光昭が杏香の身体に触れるたび快感が堰を切ったように溢れ、身体中の皮膚感覚が鋭敏になる。何も考えられないほど真っ白な状態になっていく。 「あっ、やぁっ、んっ……!!」 「く……っ!」  やがて、到底堪えきれない強烈な陶酔のうねりが杏香の全身を襲った。白い喉を晒して大きく仰け反った杏香の隧道(ずいどう)で、光昭は薄い膜越しに白濁を勢いよく放った。
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