2.misterioso/ミステリオッソ

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「この衣装準備した店長天才! 超可愛い!」 「ほ、褒めすぎですって……上野さんこそ、ネコちゃんの衣装ですか? 本当に可愛いです」  杏香の姿に、言葉にならない、というように身悶えする上野の様子を眺め、杏香は謙遜しながら上野の背中を押して彼女とともにバックヤードの出入口に向かう。上野に支給されていたのはデコルテから袖にかけて黒のレースがあしらわれたふんわりとしたワンピースに、ネコ耳を模したカチューシャ。くりっとした瞳と丸顔で、このベーカリー店の看板娘とも呼べる彼女にぴったりの服装だ。 「なんか、制服以外でお店に出るってちょっと不思議~」  スキップのような軽い足取りで店頭に立った上野は、後頭部できっちりとまとめた髪をふわふわと揺らしながらレジ開けの作業に取り掛かった。 「確かに、なんかちょっとそわそわしますね?」  杏香は苦笑しつつ、店の入口のカボチャのオブジェに電灯を灯す。キラキラと輝く照明がハロウィン独特の雰囲気を増幅させていく。 「今日を乗り越えたら今度はクリスマス商戦ですね。遅番の方々にこのカボチャさんも片付けてもらわないと」 「あ、そうだ! バックヤードにクリスマスツリーの電飾置いてあるって申し送り表に書かなきゃだった! 危ない、いつもだったら絶対忘れてた……ありがと、花守さん」  杏香の小さな呟きに反応した上野は、レジ背後の戸棚に設置してあるレターケースから一枚の書類を取り出した。普段、この店で店頭に立つ接客スタッフは1人なのだが、こうしたイベントの日は集客の意味も込めて2人体制となる。イベントに合わせた店内装飾の撤収・入れ替えも店を閉めた後に一晩で実行しなければならず、通常の閉店作業に比べ時間がかかるからだ。イレギュラー業務のフォローが出来たと感じた杏香は上野の言葉に「どういたしまして」と声を返すと、同じタイミングでこのモールのオープン時間を知らせる明るい音楽が流れ出した。店の前の通路では、もうぽつぽつとまばらな人影が行き来している。 「いらっしゃいませ! ただいま焼き立てですよ~、どうぞ店内奥までご覧くださいませ~」 「本日までの限定商品、パンプキンメロンパンはいかがでしょうか~?」  ショッピングモールの営業が始まった。杏香と上野は目配せをし、息のあった掛け声で呼び込みを開始した。
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