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杏香の顔を覗き込むように腰を曲げている男性は、見た目だけでいうとどこにでもいる若者、という印象。けれど、お酒の力に人数の力も合わさって気が大きくなっているのだろう。
「えと……友達と待ち合わせ、なので……」
にこりと愛想笑いを浮かべ、出まかせの嘘で適当に流そうとした杏香だったが、アメリカンポリスの格好をした男が杏香の腕を掴み離そうとしない。小さく身動ぎをして抵抗するも、男性の力を振り切れるわけもなかった。
「友達って女の子? じゃぁさ、俺らと一緒に遊ぼうよ」
「せっかくのハロウィンなんだしさ、ふたりよりも多い方が楽しめんじゃん?」
「なんもしねぇからさ、一緒にご飯でも行こーよ」
杏香の周りを囲む男性の中には、既に酔っ払っているのか千鳥足の者もいた。その人物に視線をやり、困ったように眉を下げ遠回しに拒否の言葉に放っていく。
「そこのお兄さん、酔ってますよね? なんだかすごく危なっかしくて……一緒には歩けないですよ」
第一印象で『ミステリアスな雰囲気』を他人に感じさせることが多い杏香にとって、ナンパされるなんてこれまで経験したことがなく、初めてのことだった。
「そんなつれないコト言わないでよ~」
「俺らも一緒にお友達待っててあげるし、さ?」
「…………」
どうあしらったらよいのかもわからず、ただただ困惑したまま立ちすくんでいると、初めに声をかけてきた男性が目を丸くした。
「あ!? おねーさん、ここのパン屋さんで働いてるよね? 今日、お店で魔女のコスプレしてたでしょ?」
「え……」
「おー! 昼間に寄ったパン屋の店員? いー子に目ェつけたな、ショウタ。やるじゃん」
素面であれば女性に声を掛けられない大人しげな人種が集まっているようにも見える。けれど、アルコールの所為か、それともグループ内でのヒエラルキーに繋がる見栄の為なのか、彼らは杏香にしつこく声を掛けてくる。
(どう、しよう……)
こんな時、どんな応対すればよいのか判断が出来ない。レストランなども入っているショッピングモールで21時までオープンしているベーカリー店で働いている杏香は、仕事上、酔っ払いの相手をすることも無いことはない。暴言を吐かれても適度な距離感を保ちながら接客をするのが常だ。こうしたパーソナルスペースへガンガン踏み込んで来るような酔っ払いのあしらい方は、杏香は心得ていない。
「ね、いーでしょ? 俺らと遊ぼ」
「おねーさんも着替えちゃってハロウィン楽しみ損ねてんだろ? 悪いようにはしねぇって」
腕を掴んでいる男とは違う男が、杏香の背中をトンと押した。つんのめるように動いた身体がよろめいていく。全身からざぁっと血の気が引く音を、杏香は認識した。
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