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ありえないんだけど?!
留美は準基の部屋で飲むだけ飲んでまた眠ってしまっていた。
飲み過ぎたせいか何となく頭が痛いな・・・と思いながら半分目が覚め頭が起き切らない状態で眠っていると誰かが頬を撫でる。
薄っすら目を開けると、準基が愛おしそうに自分の頬を撫でていた。
(なっ!?何が起こっているんだ!?)
留美は目を固く閉じ起ききらない脳で更に考える。
しかも「あの頃、お前が気付いてくれていたらな・・・。」なんて自分の顔を愛おしそうに見ながら呟いている!!
(え???準基、私の事好きだった事があったんだ?!え!?嘘?!あーっ!!何で私気付かなかったのよぉ~っ!!!!?私のばかぁ~っ!!)などと半分以上眠っている頭でぐるぐると駆け巡る。
遡る事27年前の小学6年生の頃、準基が未だ今よりもずっと痩せていて、サラサラヘアでイケメンでスポーツ好きでサッカーをしていた頃…留美は幼馴染の準基に恋をした。
小さい頃から準基が隣に居るのが当たり前過ぎて気付かなかったのだが、周りの女の子たちが騒ぐようになり、気付くと・・・彼は確かにカッコ良かった。
準基は学年の中でも一軍男子の部類に入り、勉強もそこそこ出来た。加えて性格も優しく・・・モテないはずがない。
だが、留美は素直では無かった・・・今でも素直では無いが、今よりも素直なはずだった小学生の頃でも準基が好きだなどと口が裂けても言う事は無かった。
小学校の卒業式では女の子たちが群がり、準基やその他の一軍男子達と記念写真を撮っている頃、やはり留美は指を加えてその情景を眺めているだけだった。
春休み中も準基は友達や一軍女子と呼ばれる派手で目立つ女子たちと映画へ行ったり、ボウリング場へ行ったり、カラオケ屋へ行ったりして遊んでおり留美と過ごすことは無かった。
そして中学へ上がり…他の学校からも生徒が増え、一軍女子たちによる一軍男子の取り合いは更にヒートアップする。
正直見ていてえぐい・・・と思っていた。
留美は中学へ入ってから弓道部に所属しており秋ごろに一つ年上の先輩に「付き合ってほしい。」と人生初の告白を受け…OKした。
心のどこかで準基は自分の手には入らない、手の届かない存在だと諦めていたからだ。自分が付き合っても一軍の女子生徒に何されるか分からないし・・・という考えもあった。
その後も相変わらず準基は女子生徒にモテて見るからに順風満帆な人生を送っていた。
だが夜は勉強で分からない所や、暇だと準基と自分の部屋を行き来したりしてお互いの話をして過ごした。
誰にも言わない、二人だけの秘密。
留美は彼氏が居たが準基とのやり取りだけは友達にも彼氏にも秘密にしていた。
唯一心許せる幼馴染の準基との時間は留美にとっては人生で大切な宝物だった。
だが、後から考えると準基はモテても彼女が居た事が無かった。友人からも「準基君は女の子に興味ないの?」と聞かれた事が幾度かあった。だが留美は何故だかわかるわけも無く…「知らない。」と答えるだけだった。
高校生になり留美は自宅近くの県立高校へ進み、準基はサッカーの推薦枠で私立の高校へ進学した。
この頃になると準基のファンは更に増えて、駅でも待ち伏せ、自宅へ押しかける女生徒迄居たが、それでも準基に特定の女性が居ることは無かった。
留美は留美で普通に恋を楽しみ、普通に高校生活を過ごしていた。
そして大学へ入る前後頃に準基に異変が現れる。
今の姿に近づきつつ、だんだんぽっちゃりからデブへと変貌して行った。顔もイケメンだった頃の面影は無く、見るからにブサイクと呼ばれてしまう様な状況になっていた。
準基が太ってしまい窓から留美の部屋へ飛ぶことが出来なくなり、留美が行く事が増えた。
準基に「なぜそんなに太ったのだ?」と聞くが、準基は笑って誤魔化すだけだった。大好きだったはずのサッカーもやめてしまっていた。
留美もいつしか特定の相手を作る事はやめて、会社でキャリアを伸ばす事が趣味に近くなり、そのストレスを発散させるのは準基との子供の頃から変わらないこのやり取りだけとなって行った。
・・・はずだったのだが、今まさに「緊急事態」とも呼べる状況が自分の身に起こっていた。
「あの頃、お前が気付いてくれていたらな・・・。」
などと準基が自分の頬を触りながら言っている事に…もうパニックでしか無い。
しかも、完全に惚れてしまいそうな程の優しい目で自分を見ている。
兎に角、今の準基には会社の若い小娘の問題があり、自分がここで全てを曝け出すのも40近い女が恥ずかしいと考え眠ったフリを決め込むことにした。
準基は眠いなと思い、またそのまま留美の隣でまた眠る事にした。
人生で唯一気兼ねしなくていい女性。
遠慮も要らない。
こんな姿になっても・・・どんな自分でも受け止めてくれる。
小学校から高校まではアホみたいにモテた。顔も痩せていたからイケメンだった。でも、留美の事が密かにずっと好きだった事もあり、特定の相手を作る事は無かった。だが、中学に入り留美は先輩と付き合い始め、その後も数回彼氏が変わっていたのは知っていた。高校生になっても留美が自分の気持ちに気付いてくれる事は無く時は過ぎて行き、高校三年のある日、留美が彼氏とキスをしている姿を見てしまった時は心が引きちぎられそうなほど傷ついた。
その日はその後どう過ごしたかさえ今だに覚えていない。
自分自身が留美に告白する勇気が無かったからそんな事になったんだと自分を責めた。
けれど告白して…ダメだったら…幼い頃から続いていた二人で過ごす大切な時間を失う事がとても怖かった。
そして高校の最終学年でサッカーチームのプロテストがあったがイマイチ成績が思う様に振るわず落ちた。悔しかった。初めて屈辱を味わった。仲が良かった友人たちは合格してプロサッカー選手になった。準基はその頃から今まで我慢していた食欲が爆発し、お菓子もご飯もハイカロリーな食べ物もどんどん口へ入れる様になった。
高校卒業間近になるとかなりぽっちゃり型男子になっていた。コンタクトから眼鏡にしていたのもあり、あっという間に準基のファンだった女子生徒たちは引いて行った。
人の見た目はここまで人生に於いて影響を受ける物なのだと身を持って痛感した出来事だった。
”コンコン”
「準基?朝ごはん出来てるけど?食べる?」
母の声がして扉が開く音がした。
準基はびっくりして起き上がる。
「あら・・・・まぁ。留美ちゃんとお取込み中だった?」
母はニヤッとして準基と隣ですやすやと眠る留美を見て言った。
「っち!違うんだ!!母さん!!留美が大酒飲んで眠りこけただけであって、決して怪しい関係では・・・・。」
準基は留美の胸元にまた布団をかけて弁解をし始める。
そこへ麻央迄顔を出して状況を見て、「あのさぁ、子供じゃないんだから何も言わないわよ。てか・・・さっさと留美ちゃんと引っ付けば?留美ちゃんだって、多分お兄ちゃんの事好きなんじゃないの?子供の頃から。じゃなきゃそんなデブになっても毎日のように窓からお兄ちゃんの部屋へ来ないでしょ?!」と煽り出す。
「お!俺は愛莉さんが・・・」
準基は愛莉がいいと話すが、カナオも麻央もいい加減にしろと言って扉を閉めた。
「留美、おい、留美!起きろ!!」
準基は留美の肩を揺する。
留美は眠ったフリこそしていたが、実は今のやり取りを全て聞いていた。
「もぉ~・・・なによぉ・・・眠いのに。」
今起きましたと言わんばかりを装い留美は起き上がる。と同時に胸元がはだけている事に気付き、急いでシャツのボタンを留める。
「み・・・見た・・・?」
留美は準基を睨むように見ると準基は耳まで真っ赤になっていたのでもう何も聞くこともないと思った。
準基はさすが恥ずかしかったが、「お前、結構胸大きいんだな。」とぶっきらぼうに言うと、留美に「変態!」と頭を叩かれた。
「叩く事ないだろ!?」
「あ…あんたしっかり見てんじゃない?!すけべ!!」
準基はちょっと脅かしてやろうと留美の両手首を掴んで押し倒す。
留美は小さな悲鳴をあげた。
「やっ!!やめて!!」
留美が真っ赤になって涙目で準基を見つめる。
そして留美の耳元へ自分の顔を近付け少し息を吹きかけると留美は震えて更に顔が赤くなり、目をきゅっと瞑って一生懸命抵抗しようとする。
「お前が叩くから。それに、いくら俺が幼馴染でも一応男なんだからな。もう少し気をつけろ。」と、言いつつも心の中では(本当に…綺麗になったな…)と準基は思ってしまった。
留美の手を離し、起こしてやると、留美は「バカっ!!」と言って部屋へ戻って行った。
そして留美が居なくなった部屋を見渡す・・・。
「ゴミの片付けくらい手伝ってくれよ…。」
準基は散らかった部屋を見て途方に暮れた。
片付けを終えて、朝ご飯を食べ時間もあったので準基は駅ビルの書店へ出掛けた。
駅ビルの本屋は品揃えが良く準基のお気に入りだ。サッカーに関する書籍が多いのもお気に入りの理由の一つだった。
サッカーはやめたが、サッカー自体が嫌いになったわけでは無かったので毎月必ず買っている。
ただ読む度昔の辛い記憶が蘇る。緊張し過ぎてシュートが上手く出来なかった。パスが上手く出来なかった。
今でもその時の事を思い出すと手が震える。
でも、不思議とテレビで試合を見るだけなら見られた。だから当時の仲間達の活躍もしっかり見た。未だに現役でやってる奴、故障でやめた奴。試合があった時たまに友人達にメールをする。やり取りはまだ続いていたが、友人達には実業団などでサッカーを続けて欲しかったと言われる。
準基のプレーは勢いがあって好きだ。
と、仲間達には口を揃えて言われた。
けれど、トラウマになり出来なかった。それに体型も見るも無惨な状態となり出来なかった。
「準基さん?」
突然後ろから声をかけられた。振り向くと愛莉が居た。
「あ!愛莉さん!買い物ですか?」
当たり障りなく質問する。
「はい、本が好きで。ここの本屋さんは品ぞろえが良くて大好きなんです。」
「そうですよね。ここ良いですよね。僕も週に一度はここへ来て良さそうな本を探すんです。」
準基が言うと愛莉は手元の本に注目した。
「サッカーの本ですか?」
「あ、ああ。そうです。友人達がサッカー選手で、未だ現役でやっている奴も居るし、まぁ故障で辞めちゃった奴も居るしって所です。」
「へぇ~、凄いですね!そんな有名なお友達が居るんですね。」
愛莉は目をキラキラさせて言う。
「自分もサッカーやっていたんで・・・友人が居るってやつですよ。」
そう言うと一瞬愛莉は「は?」と言うような顔をした。
「サッカー?ですか?」
愛莉は疑わし気に準基の顔と体を見る。
「は・・・はははは。見えないですよね?子供の頃はチームにも所属したりして・・・こう見えてもサッカー少年だったんです。今は面影もないですが。」
自虐ネタ状態で準基は笑った。
「そうだったんですね。あ!時間ありますか!?あったら駅ビルの中に行ってみたいカフェがあって!行きませんか?!」
愛莉は笑顔で行こうと言い、準基は断れるわけが無く、愛莉と上の階の駅ビルで人気のカフェへ向かった。
休日という事もあり、人が沢山居る。よく見ると同級生も親子連れで来ていたりして何となく気恥しくなる。その人混みの中に見た事のある筋肉野郎がいた。
準基は愛莉に席で待っていてと言い、大地の方へ向かう。
「大地!一人か?」
声をかけると大地は顔をあげて「準基先輩!」と笑顔で返した。
そして「あれ?準基さん?」後ろから声をかけられ振り向くと総務課の南大河が立っていた。
「大河!久しぶり!!会社でもなかなか会わないもんな。元気か?」
準基は嬉しそうに話す。大河は準基の良き理解者の後輩で、年下でも準基が尊敬する人間だ。大地と大河は顔も似ていて仲も良く、休日はよく二人で過ごしていた。
「元気ですよ!また一緒に食事へ行きましょうよ!!あ!今日の夜は?暇ですか!?」
大河は準基に聞くと準基が少し困った顔をしたのを見逃さなかった。
「予定ありましたか。また後日でもいいですし。」
大河も大地もそう言いながら準基の目線の先を見る。
「…先輩、あれって・・・経理に入って来た佐藤愛莉ですよね?」
大地が眉間に皺を寄せて聞いて来た。
「大地、知ってるのか?若くて可愛いから。」
準基は「そうだよな~」と言いながら笑うが、大地は難しい顔をしだす。
「大地?どうしたんだよ?」
大河も不思議そうに聞く。
「あの、先輩?付き合っては無いですよね?」
大地は確認する。
「や!まさか!?けど、近いうちに彼女に気持ちを・・・とは思っているよ。」
準基は顔を赤らめて後輩二人に愛莉への気持ちがある事を話した。
「大地?どうしたんだよ?何か知っているのか?」
大河は大地に聞く。
「営業部の堀さんが・・・」
「女帝がどうした?」
準基は生唾を吞む。
「佐藤愛莉は前の会社で…男がらみで問題を起こしていて解雇されているから、独身の男どもは気をつけろって・・・あの子が入社してきた日に注意されたんです。」
大地はまさか準基が関わってしまうとは思っておらず、話さなかった事をとても後悔していた。
「でも、若い奴は?だろ?」
大河が言うと準基は「おい・・・大河・・・軽くディスって居る事お前気付いているか?」と苦笑いする。
大河は「!?」となり直ぐに「すみません!!」と謝るが、準基は笑って冗談だと言った。
「でも先輩、佐藤はかなり・・・あの顔と話し方で男を騙したりして・・・とんでも無い奴みたいなんで気を付けてください。とりあえず夜は6時半に駅前の赤提灯に集合ですよ!!」
大地と大河と約束し愛莉の元へ戻ると愛莉はさっさと注文してキャラメルラテとケーキを食べていた。
「あ、すみません。お腹空いちゃってましたよね?待たせてすみませんでした。」
準基は愛莉に謝ると愛莉はニコリと笑い、「いいですよ。お友達ですか?」と大河と大地の方を見て言った。
「あぁ、会社の後輩ですよ。見た事無いですか?営業部の金橙大地と総務部の南大河です。」
「へぇ~そうなんだぁ。会社が大きいとなかなか全員の顔を見る事なんてないのでぇ・・・知らないです。」
愛莉はニコニコしながら若手の二人の顔を吟味していた。
「そうですよね。僕もあの二人とはたまたま新人研修で面倒を見た二人で、それで仲良くなったんですよ。」
懐かしいなぁと準基が話すと「準基さんは新人研修もやるんですか?!」と愛莉は興味深そうに聞いて来た。
「研修と言っても管理部からの注意事項を話したり、こういう時はどうするとか、書類の書き方や、備品についての注意事項とかですよ。大したことは話しません。」
準基がそう話すと、愛莉は時計を見て「あ!私そろそろ帰らなくちゃ!今日はお母さんが来るので。」といい席を立った。準基は会計用紙を持って、「ここは僕が払いますからいいですよ。待たせてしまったし。」と言ってレジへ向かうと、愛莉は「急がなくちゃ!すみません、ありがとうございました!」とそそくさと帰って行った。
その様子を大地と大河はしっかり見ていた。
「大地、あの女・・・準基さんを完全にカモにしようとしているよな。」
「あぁ、先輩彼女居た事無いからなぁ。」
大地は頭を抱える。
「え?!まじか!?てか、何で知っているんだよ?」
大河はびっくりして水が口から零れ出た。
「前に・・・ずっと好きな女性が居たって・・・けどその女性は準基先輩の気持ちに全く気付かない鈍感で、先輩もそのうちその人を諦めてしまったって。そして現在に至るって笑って居たんだよ。」
大地は天使過ぎる準基が心底心配になって来た。
「騙される前に・・・貯金が無くなる前に目を覚まさせなくちゃいけないな。」
大河はどうしたら準基が目が覚めるか考え始めた。
準基は夕方まで自宅へ戻って昼寝をする事にした。
自宅へ戻ると留美が着替えて化粧をばっちりして車に乗って出かけて行く姿が見えた。
(・・・男でも出来たのか・・・)そう思うと今朝のやり取りが虚しくなってくる。そもそも留美が自分を好きかも分からないが、麻央に「そんなデブになったお兄ちゃんの所へ昔と変わらずに毎日のように来てくれるなんて好きとしか考えられない!」と言われたのを思い出すが、それよりも可愛らしい愛莉を選んだ方がいいと思ってしまう自分が居て、何とも言えない気持ちになる。
部屋へ戻り買って来たサッカーの本をペラペラと捲る。
あの時テストに合格して居たらこんな惨めな人生にならなかったのにと虚しくなる。きっともう結婚もしていて子供も居てお金も今よりもっとあって、体型もまともで・・・妻はきっと留美だったはずだ・・・と虚しい「タラレバ」想像をしてしまう。
準基はとにかく今朝の事を忘れようと布団を被って眠った。
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