冴えない男の冴えない日常

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冴えない男の冴えない日常

「ちょっと!鈴木さん!!そこの書類散らかさないでください!!」  狭い部署の机の間を歩いていた所、彼のお尻が女性社員の机に当たり、机の上の書類が雪崩の如く崩れた。 「ほんとさぁ、鈴木さんってあれだけよくも太れるよね。」 「ほんと。しかも名前・・・準基よ?韓国人気俳優の金準基と同じだもんね。完全名前負けしてるよね!」 「金準基かわいそぉ。あんなんと同じ名前で。」 女性社員たちは好き放題言って居る。 鈴木準基(すずきじゅんぎ)39歳。 会社員、独身。 彼女居ない歴=年齢。 体格、太め。大学の頃のあだ名は眼鏡ブタ。肉まん。それは相変わらず続行中だ。名前が韓国人俳優の金準基と同じ準基と付いているせいで女性社員に毎日の様にディスられている。  準基は書類を黙って拾い、一応角を揃えて机の上に置いた。 女性社員は準基を睨みつけ、またそのままパソコンに向かい仕事を始める。 「すみません…。」 準基は謝ったが女性社員は無視を決め込んでいた。  こんな事が彼は日常茶飯事だ。  エレベーターに乗るとお約束の様に何故かブザーが鳴って乗っている人たちにジロジロ見られ、自分が通り過ぎるだけで物が雪崩の様に落ちる。  夏場は汗かきで周りの女子社員にキモがられ、冬でも微妙な汗をかくので「酸っぱい臭いがする。」と怪訝な顔をされて言われ、頬は肉が付き細い目が余計に細くなっていた。そして頬の肉の上に眼鏡が乗っている様に見える。  体は大きいが毎日小さくなって仕事をしていた。会社では大人しく過ごし、帰ってからウサを晴らすように毎日ビールを飲む事が日課となっている。 「お兄ちゃんさぁ、痩せたら?」 夕食時、妹がまた毒舌で準基を攻めて来た。  妹、鈴木麻央。外資系企業に勤めるバリキャリで独身。完全に行きそびれたタイプ。一応彼氏は居るらしいがハッキリズケズケ言うので準基は妹が大の苦手だ。 「ほんとよね。うちは美形のはずなのに…おかしいわねぇ?誰に似たのかしら?」 母、カナオ。60代になり、孫も見られず人生が終わるのかと最近は憂鬱な日々を送る。準基にお見合いの話を周りに頼んでも、見た目でやんわりと断られるので息子は一生独身かもしれないと思うと引き付けを起こしそうになる。 「健康の為に痩せたらどうだ?準基?お前は痩せたら…多分お爺さん似だなぁ。」 父、康生。定年退職はしたが、家に居るとカナオに鬱陶しがられるので短時間パートで今だに働いている。 「えー!?お父さん、お爺ちゃんイケメンだったじゃない!!金準基に似ているし!お兄ちゃんが似てるなんてあり得ないって!!同じなのは名前だけ!!」 麻央はナイナイ、ないわ〜と手を大袈裟に振りまくる。 「ん〜?そうかあ?父さんは準基はお爺さん似だと思うなぁ…まぁ準基。ダイエットしてみなさい。健康の為だと思って。」 康生はそう言って準基の肩を叩く。 「まぁ、気が向いたらね。」 家族にそう言って部屋へ戻った。 準基も今までダイエットは何度か試みたが尽く失敗していた。 炭水化物抜きダイエット、りんごダイエット、ゆで卵ダイエット。 ウォーキングもやってみたが、三日で飽きてやめた。 ジムにも行ったが、一週間と続かない。 「物凄い好きな子でも出来れば話は別だよな。」 「はあ?あんた好きな子出来たの?」 準基の部屋の窓の向こうから突然大きな声で話しかけて来た女性。   幼馴染の倉本留美。準基と同い年。さっぱりした性格でどちらかと言えば普通に結婚出来そうなのにしていない。しかも美人なのにってやつだ。 「…お前…暇だな。人の独り言盗み聞きして。悪趣味だな。」 「窓開けてたらいやでも聞こえるわよ。それに、飛び移れるくらい家の間の感覚狭いし。」 留美は当たり前だと呆れて準基の顔を見た。 「ほんとに…子供の頃からだもんな。やたらそこから飛び移って俺の部屋へ来てさ。」 「…いいじゃない。暇だもん。じゃあ私はお風呂入って寝るから、おやすみ!」 そう言って留美は窓を閉めカーテンを閉めた。 「勝手な奴だな。」 準基も早々にベッドへ入った。 翌日、また満員電車に揺られ、周りの女性達に引かれ、準基は眠い目を擦り立っていた。 隣に女の子がおり、顔を見ると涙目になっていた。 目が合い準基に助けを求める様な顔をする。 (え?…痴漢か?) 準基は右斜め後ろに目線を落とすと、女の子の後ろに立つニヤニヤした中年男性を確認した。 (痴漢か・・・) 気味の悪い男を見て女の子を見ると必死に目で助けてくれと準基に訴えている。 準基は覚悟を決めて痴漢の腕を掴み上に上げた。 「女の子、泣いてますよ?」 「!?離せ!俺はそんな事してない!」 「じゃあ、何で女の子泣いてるんですか!」 準基は男の手首を捻り上げ、周りに居た男性達と痴漢の男が逃げない様に皆で囲み、電車が駅で停まった所で準基は男を駅員に預けて会社へ向かおうとした時だった。 「あの!」 声がした方を振り返ると被害に遭った女の子が居た。 「あ、大丈夫ですか?」 「ありがとうございました。助かりました。」 「いえ、人として当たり前の事をしただけですから。では、会社へ行かなくてはならないので。」 準基は女の子と挨拶だけして会社へ向かった。 女の子を痴漢から助けたからと言って突然ヒーローになるわけがなく、朝からまたいつも通りの業務をこなし、昼休憩時に昼食を食べて居る時だった 「鈴木君。」 「はい。」 後ろから総務部の課長に呼ばれた。 この課長は準基が新入社員で入社した時にかなりお世話になった課長だ。 「最近は仕事はどうだね?」 「はい。未だにドジな所もあって、同じ課の女性たちに睨まれています。」 相変わらず体型をディスられて微妙だと話した。 課長と話しているとやけに視線を感じ準基は視線を感じる方を見た。 「あ、やっぱり!朝助けてくれた方だ!」 視線の先に居たのは朝痴漢から助けてあげた女性だった。 彼女は嬉しそうに準基の元へ走って来た。 「ここの…同じ会社だったんですね!」 嬉しそうに話す女性を見ながら準基は驚いて目を見開く。 「ここの…社員だったんだ…」 「はい!正確には今日からなんです…派遣ですけど。それなのに朝から痴漢に遭っちゃって。」 恥ずかしそうに彼女は笑う。 「鈴木、知り合いか?」 「はい、知り合いというか今の話の通りで。」 準基は恥ずかしそうに頭を掻いた。 「そうか、お前が人助けな。」 「何か俺が全て無視するみたいな言い方じゃないですか?」 準基は「心外だ」という顔をして課長を見ると、課長は「すまん、すまん」と笑った。 「あ、私、経理課の佐藤愛莉です。」 「管理部の鈴木準基です。」 「準基?」 「・・・はい・・・。」 「韓国の俳優の金準基と名前が一緒なんですね!」 「・・・ええ・・・」 準基はまた言われた・・・と若干の諦めが出て来た。 「へぇ~、あんたが痴漢を捕まえたんだ。」 留美はビール片手にケラケラと笑う。 「お前さぁ、笑い過ぎ、あとさぁ、いくら幼馴染でも・・・年頃も超えているけどさぁ、その下着が見えそうなラフすぎるパジャマで人の部屋でビール片手につまみ食べてるなよ・・・。色気の欠片も無いな。」 準基は留美の姿を見てため息しか出て来ない。 「別にいいじゃない、それに余計なお世話よ!!別に準基見てもなんっとも思わないし、そんな気分になんてならないし。そんなぽっちゃり男子は私のタイプ外だから安心して。」 留美は呆れて準基を見たが準基も「俺だってお前なんか女として全く見て無いわ。そっくりそのまま返すわ。欲情もせんわ。」と留美に返答した。 「何か腹立つなぁ。私結構モテるのよ?」 「昔の話だろ?」 「何ですって?!」 準基は留美に過去の栄光にいつまでもしがみついてるな!と言い、留美は準基に「いいかげんその着ぐるみ脱ぎなさいよ!!」とキレた。 暫く二人で会社の話や、自分の最近の出来事を話し留美は本題に入った。 「ねぇ、その助けてあげた女の子は…可愛いの?」 留美は何となく気になり準基に根掘り葉掘り聞こうとしている。 「あーうん。若いのもあるけど、色白で可愛いよ。例えるなら…韓国の歌手のほらアルファベット2文字の名前のmuだっけ?その子に似てる。」 「…へぇー…。」 「何だよ…その引き攣り顔は?」 「イヤ…そんな可愛い子がよくもあんたみたいな着ぐるみ着たようなのに助け求めたわね…。」 留美は口の端が上がり信じられないという顔をしていた。 準基は留美の挑発に乗ってしまい、二人でいつまでも小学生の様な口喧嘩をしていた。 一息ついた所で時計を見ると0時近かった。 「留美、お前明日も会社だろ?もう部屋へ戻って寝ろよ?」 準基は留美の腕を掴んで立ち上がらせようとするが、気が付けば半分眠っており動かなかった。 「マジかよ・・・」 準基は留美を抱きかかえ自分のベッドへ寝かせる。 「ほんとに・・・無邪気な奴だな・・・俺じゃなかったら襲われてるぞ。」 眠っている留美のおでこにデコピンする。  実は一時期留美の事を女の子として好きな時期があった。小学生〜高校生の頃だ。 だが、留美には当時彼氏がおり、恋の成就もするわけがなかった。 大学時代も常に留美には彼氏が居た。そしていつの間にか留美にそんな感情を抱くことは無くなった。今では男の友達の様な存在である。 …時折りドキっとする事があるが…。  準基も眠くなり、隣でベッドで気持ちよさそうに眠っている留美を恨めしく見ながらソファーで眠った。 「んあ・・・あれ?布団が臭い。何か寝心地も悪い・・・。」 留美は目が覚めるととりあえず周りの状況を把握しようと努める。 口からは何となくアルコールの匂いもする。 ゆっくり辺りを見回すと・・・・ 「やば、準基の部屋じゃん。」 ベッドから立ち上がり、留美は準基の頭を叩いた。 「っでぇ!!」 「っでぇ!じゃないわよ!何で起こしてくれなかったのよ!!」 「起こしたよ!だけどお前酒が入っていて完全に寝ていて起きなかったから仕方なく俺のベッドへ寝かせてやったんだよ!感謝しろよ!」 準基も負けじと応戦する。 「まぁ、それは感謝するけど…てかあんた布団のシーツ洗ってんの?!臭いんだけど!?」 留美は自分の体の匂いをクンクン嗅ぐ。 「洗ってるよ!!失礼な奴だな!!」 「じゃあ、デブ過ぎで油臭いのね。」 「お前とことん失礼な事言っているの分かってんのかよ?」 「はぁ?私はいいのよ!言ってもいいのよ!幼馴染特権よ!!悪い!?」 留美はそう言って怒って窓から自分部屋へ戻って行った。 「・・・幼馴染特権って・・・勘弁してくれ・・・」 準基は時計を見てもうひと眠りした。 「おはようございます!」 準基が駅に着くと愛莉が待っていた。 「お…おはようございます。どうしたんですか?」 準基は戸惑う。 「あ、昨日の課長さんに準基さんの使っている駅を聞いたら家から近かったので。だったら一緒に行こうかな?って。」 愛莉はニコリと準基に笑いかけた。 (ヤバい・・・惚れそうだ・・・。) 準基は舞い上がりそうなのを必死に抑え、じゃあ一緒にと言い愛莉とホームへ向かう。 「佐藤さんは一人で暮らしているんですか?」 「はい。最近この街へ引っ越して来たばかりで。実家は愛媛なんです。」 「そうなんですね。彼氏がいるとか?」 「え?」 「あ!余計なお世話の上にモラハラ、セクハラですよね!!すみません、答えなくていいです。」 準基は変態だと思われたのではないかととても焦る。 「鈴木さん、面白い。」 愛莉は鈴を転がすように笑うので、準基はドキドキしてしまう。 「え?そ…そうですか?」 「はい。」 愛莉の可愛らしさと明るい笑顔で会社に着くまでの間、準基は心不全でも起こすのではないかと思うくらいドキドキしっ放しだった。 「鈴木さん!!その書類そんなに沢山印刷かけてなんて言ってないです!!」 同僚に今日も叱られ、準基は〔今日も平常運転〕だと思った。 一日の業務が済み、退社の時間になり準基はいつも通り定時で会社を出る。 「準基さーん!!」 何処かから準基を呼ぶ声が聞こえる。 周りをキョロキョロ見渡すと、駅に向かう階段から愛莉が準基を呼んでいた。 笑顔で走って来るので準基は顔が綻ぶ。 「佐藤さん。今帰りですか?」 「はい。準基さんもですよね?あの、こないだのお礼をしたいので一緒に食事でも行きませんか?あっ!準基さんなんて馴れ馴れしいですよね・・・」 女性から名前で呼ばれるのと、愛莉からのお誘いに準基は心臓の鼓動がいつもの3割増しになる。 「い・・・いいですよ。何処へ行きますか?」 「じゃあ、駅の近くの定食屋さん!!」 愛莉は駅近くの定食屋へ準基を連れて行った。 「何か、佐藤さんのイメージとかなり違うお店ですね。」 「ふふ。私子供の頃からこういう定食屋さんが好きで。お祖母ちゃんとお爺ちゃんとよくこういう食堂へ行って居たんです。だから引っ越してきてこの街にこのお店があって嬉しかったんです。」 愛莉は恥ずかしそうに笑うが、準基はそんな愛莉の笑顔にほだされていた。 楽しく話し、食事が終わり愛莉と散歩していると、留美と丁度出くわした。 「あれ?準基じゃん。」 声がして振り向くと留美がおり、準基は「げっ!!」と心の中で叫ぶ。 「る・・・留美。何で居るの?」 準基はこれで家へ戻ったら何を言われるか分からないので最悪な気分だと思いながら何故か後退りをする。 「準基さん、彼女?」 愛莉が言うと『違います!!』と二人は全力否定をし、準基と留美の声が揃った。 「こいつは私の幼馴染ですよ。こんな着ぐるみを毎日着て居る様な奴なんて彼氏じゃないですよ。」留美は笑顔で全力で否定する。 準基も「こんな色気のない女なんか彼女であるわけがない!」と愛莉に否定した。 愛莉は苦笑いしながら似た者同士だと心の中で思った。
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