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「元は小さな農村だったんです」
翌朝、一緒に三輪トラックに揺られながらシヅの義弟・勝雄が言った。
トウより九つ年下の21歳。凛々しい眉で表情豊か、振る舞いも丁寧で感じの良い男だが、戦争で膝に弾を受け片足を引きずって歩いている。
時代のお陰か、耳にかけているポテン用の眼帯には誰も触れてこない。どう説明しようかとシミュレーションしていたトウは肩透かしを食らったが好都合だった。
「もちろん、潤ったのは観光地のお陰ですけど戦時中は観光なんかしないですから。奥の山には陸軍の演習場があったこともひとつの理由ですね、きっと。宿場街と言っても大通りからは外れてますし、一軒しかなかったうちの旅館も火の車。戦地から帰ってきたら旅館は増えてるし、うちはよろず屋に商売替え。そりゃあたまげましたよ」
勝雄は煙を吐きながら一気に話した。乗る前に一本どうかと勧められたがトウはやんわり断っている。
「売ったお金で長屋をこさえて儲けようって言うんだから親父は商人のほうが向いていたのかもしれません」
昨年脳いっ血で亡くなったという勝雄の父は伝統よりも家族を守った。そう言えば聞こえはいいが旅館の采配を振るのは女将、「父は内心ほっとしていたに違いない」と勝雄は付け加えた。
小さな石を跳ねると荷台がガサッと動く。旅館三軒分の備品は三輪トラック一台を毎日埋め尽くしている。注文を一手に請け負うよろず屋・福良商店はあと二人食い扶持が増えても通りすがりの猫に鰯をやれるほど余裕があった。
「配達が終わったら今日は終いです」
「店番は?」
「月曜日は定休日ですから」
ご友人にでも会ってきたらいかがですか、と笑う口元は朗らかで、会うつもりもないのにトウは思わず口角をあげてしまった。
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