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4 雨
──泣きそうな顔をしていた。
力任せに動かした消しゴムの下で答案用紙に醜いシワが寄った瞬間、脳裏を志賀の面影がよぎった。
言えない、と呟いたそのときの彼の顔を、俺は今でもはっきりと思い出すことができる。
「……っ」
呻き声ひとつ上げられないのは、今が些細な独り言さえ許されぬ『試験中』という時間帯だからだ。
問① 俺は篠宮さんの友達ですか。
答 学校帰りに遊ぶ関係をそう呼ぶのなら。
問② あなたの抱えるもの、怖れるものは何ですか。
答 言えない。
問③ あのキスへの正しい答え方は。
答
階下の教室にいるのは判っている。
志賀だって、俺がここにいることを当然知っているはずだ。それなのに、どちらからも会おうとはせぬまま七月に入り、気づけば期末考査は最終日を向かえていた。
三日間の試験期間中は図書室も閉鎖され、運よく校内で見かけなければ互いの存在を認識していなかったころのように味気なく一日が終わってしまう。
あぁもうっ! と、チャイムが鳴るまで叫ぶことも叶わぬ身の上は、何と不自由なものだろう。腕時計の針は遅々として進まず、募る苛立ちが必要以上の筆圧となって答案用紙へぶつかってゆく。
俺を抱き締めた志賀の身体には確かな質感があったのに、それは日に日に温かみを失って指の間をすり抜け、遠ざかっていく。
──触れたい。生きている志賀を感じたい。
「……え」
信じられぬ思考に、思わず声が零れた。
焦燥。或いは希求?
ぎゅ、と胸を締め付けてくる感情の名称を、俺は知らない。
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