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恋する乙女の胸の秘密
その日の放課後、美宇は沙理に誘われて、校庭のフェンス越しにサッカー部の練習を見学していた。
正確には、サッカー部のキャプテンを見学していた。沙理が言うのだ、好きになってしまったみたいなのだと。
「……サッカーのことはよく知らないけど、チームをよくまとめてる感じはするね。リーダーシップがあるっていうか。」
「でしょ、でしょ? やっぱりカッコいい?」
「まあ、一般的にはカッコいいんじゃない? 私のタイプではないけどね。」
それを聞くと、沙理はなぜかがっかりした様子を見せた。美宇は笑った。
「なにがっかりしてるのよ。友達同士、好みがかぶらないのはいい事じゃない?」
「てゆうかー……ドキドキする気持ちを共有したかったっていうかー……」
沙理の言葉は一見百合のようだったが、少し違うニュアンスがあるようだ。
「なんでドキドキを分かち合いたかったの?」
沙理はフェンスに両手をかけたままうつむいた。
「なんてゆうかね……ドキドキすると、さわさわするの。」
「え?……心が?」
「ううん。」
沙理ははっきり否定した後、深呼吸して言った。
「よ……横ち……ち。」
「は?」
「んー! 他になんて言ったらいいのか、わかんないよおー!」
沙理はうつむいたままフェンスにおでこを押し付けて、顔を真っ赤にしている。美宇はそれで察した。思わず笑った。
「言いたい事は、わかったわ。」
「ほんと!? もしかして美宇もあったことある?!」
「ってか、それ、リンパの流れだから。」
「え?」
沙理が美宇をふり向いた。美宇はにっこりして言った。
「私の知り合いの、ヨガやってるお姉さんが教えてくれたの。ドキドキして血の流れが速くなるとリンパの流れも良くなって、いろんなところがさわさわするわよって。そのいろんなところを確認すると、リンパ節とリンパ管に沿ってるんだって。」
「節?管? ヨガってそんなことも勉強するの?」
「脇の下にも大きなリンパ節があって、活性化すると、やっぱりその周辺がさわさわするらしいわ。」
「そ、そうなんだ……。」
沙理は美宇が今説明したことを反すうするように、「リンパ……リンパ……」と呟いたあと、ドッとしゃがみこんだ。
「よかったー! 私、キャプテンのこと好きなあまり、さ、触られてる幻覚起こしたのかと思ったのー!」
「だいじょぶ、だいじょぶ。誰も触ってないから。」
めずらしくカタコトでふざけながら、美宇が沙理の頭を撫でた。
「でも、お姉さんが言うには、触られてる感じまでするときは、粘膜が荒れてる可能性があるって。私たち、成長期だから、常に栄養が不足しがちなのよね。さ、帰ろ。帰ってご飯食べよ。」
「うん!」
沙理はすっかり元気を取り戻して、美宇とその場を去った。キャプテンのことは、ちょっと二の次になっていた。
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