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思わぬ後輩
「遥……あれ? 先客だ。」
その放課後、美宇は遥加に会いに体育館裏へ行った。遥加は学校の長期休みにはいつもバイトで忙しいから、夏休みに入る前におしゃべりしたかったのだ。
ところが、遥加は知らない子といた。
「おじゃまかな? 私、またにするわ。」
美宇は去ろうとした。
すると何か必死さのある声に止められた。
「美宇先輩ですよね⁉️」
「え? あ、はい。」
美宇が立ち止まってふり向くと、遥加が手招きしてきた。その向こうから、華奢な体つきのアイドル系の子が身を乗り出して、すがるような目で美宇を見つめている。
「よかったら、いてもらえませんか⁉️
わたし、遥加先輩に相談があるんですけど、美宇先輩がいたら話しやすいと思うので!」
……どういうことだろう。
悩み相談の時に知らない人間を同席させるって、あんまないよね?
内心で首をかしげている美宇に、遥加が笑いながら言った。
「ムードメーカー、ムードメーカー。」
「は? 私、ムードメーカーの役ってあんまり求められたことないんだけど。」
「いいんだよ、本人が話しやすくなるって言ってんだから。あたしからも頼むよ。」
わけがわからないが、遥加に頼まれたら断れない。美宇は、遥加の隣に座った。
体育館の壁を背にして、遥加の後輩、遥加、美宇と並んだ。
その子はすぐに話し出した。
「わたし、高校入って初めて彼氏ができて……」
あら、おめでとうーーと言いたいところだが、なにやらトーンが低い。遥加と美宇は、ただ、うんうんとうなずいた。
「1ヶ月くらい前の週末、彼氏の家に遊びに行ったんです。そしたら、彼氏しかいなくて……」
美宇は黙り、遥加が、口をつぐみかけたその子にゆっくりうなずいた。
「……わたし、あんなことになるなんて思わなくて。彼氏がそんなことする人だと思わなくて。」
「……だろうね。」
遥加が低い声で相づちを打った。
「しかも、あとで服を着るとき、手が震えてうまく動かなくて……。そしたら彼氏が「なに?ビビってんの?」って笑ったんです。「それじゃこの先付き合ってけないじゃん」って……」
遥加の目が怒りを顕にした。
話は続いた。
「わたし、絶対、ビビってなんかなかったです。なんなら、警察にかけ込んでやろうかと思ってたくらいです。なのに、服が……うまく着られなくて……」
「それ、」
美宇は言いかけて迷った。
そして、こんな言い方でいいのかと、ためらいながら言った。
「きっと低血糖起こしてたのよ。」
「え? てーけっとー?」
遥加が後輩の前の地面に、指で字を書きながら言った。
「低い血糖値って書いて、低血糖。これんなると体も頭も上手くは動かないよ。
……急激なストレスも体の動きを阻害するし、震えも無理ない。
アンタは低血糖とストレスで体を上手く動かせなかっただけさ。ビビってたわけじゃない、絶対に。」
鋭い目を宙に向けながら説明する遥加の、横顔をじーっと見て聞いていたその子は、ふいに顔をぐしゃぐしゃにして泣き出した。
「よかった……。わたし、すごくすごく悔しかったんです。本当に全然ビビってなんかないはずなのに、体、動かなかったから。本当はビビってたのかなって思っちゃうたびに悔しくて。……ビビってなんかなかったんですよね、やっぱり。」
遥加の肩に顔を押しつけて泣いて、その子はやがて涙を拭いた。
「ありがとうございました。聞いてもらえて、本当によかったです。」
遥加と美宇をかわるがわる見て礼を言うと、その子はお茶目っぽく笑った。
「じゃあ、あとはお二人で。わたし、帰ります。」
「大丈夫かい?」
「大丈夫です。ーー新しい彼氏がちゃんと送ってくれるので。」
遥加が爆笑した。美宇もつられて笑ってしまった。
その子はかけ出していった。
「ねえ、私、いる必要あった?」
問いかけた美宇に、遥加は目を見開いてふり向いた。
「あったね、大いに。」
「そうなの?」
「ああ。不良と学級委員長タイプ、異なる世界の二人が、両方ともあの子の味方をしたってわけさ。」
「なーる……」
「アドバイス、切り出してくれてサンキュ。」
「いえいえ。」
そのあと、二人はどうでもいい会話を満喫した。
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