パン屋のハンス

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 隊長の話はこうだ。一月(ひとつき)ほど前、国王が急な病で倒れた。その噂は城下のハンスたちの耳にも届いていた。一時期様態が危ぶまれもしたが、幸い今は回復している。 「お(いたわ)しいことに、陛下は三日三晩苦しみ、うなされておられた。宮中の医師たちが、あらゆる治療を試みても効果がなく、途方に暮れていたところ、魔女が現れたのだ」  魔女の与えた薬のおかげで、王の病はたちどころに治った。去り際に彼女は一つの要求をした。  この次の満月の夜に魔女たちの祭りがある。それまでに、今年二十一歳を迎える「ハンス」という青年を差し出すようにとのことだった。魔女は「ゆめゆめ忘れるでないぞ、さもなくば、この国に災いあらん」と言い残すと、ふっと姿を消してしまった。  魔女が去った後、皆は途方に暮れた。  大体、ハンスなんて名の男は国中にごろごろ居る。ハンスであれば誰でもいいのか、あるいは特別なハンスなのか、一人で良いのか、数人必要なのか、あるいは全員なのか、魔女の要求はあまりにも漠然としていた。  しかし、次の満月までさほど時間もない。取りあえず、組合名簿に載っているハンスの中から、条件に該当する者を片っ端から選んで、魔女の住まう場所に連れて行くことにした、という訳だった。  二十一とは何とまた半端な数だな、とパン屋のハンスがぼんやり考えていると、四方のハンスたちから口々に不満の声が上がった。 「無茶苦茶だ」 「バカバカしい、冗談じゃない」 「俺は女房が待ってるんだ」 「うちは来月三人目が生まれるんだ」 「本当か? そりゃ、大変だな」  ぎゃあぎゃあと喚き立てるハンスたちに向かって隊長は怒鳴った。 「黙れ、この不心得者どもが。陛下のお役に立てるのだぞ。むしろ、光栄なことと心せよ」  
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