ハンスの心残り

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ハンスの心残り

 周りにはなだらかな丘陵(きゅうりょう)が広がり、ときおり、羊が駆け廻り、牛がのんびりと寝そべっているのが見えた。そんなのどかで心和(こころなご)む景色とは裏腹に、馬車はゆっくり、着々と魔女が棲む西の森に向けて走っていた。  ハンスたちは相変わらず暇を持て余して(しゃべ)り続けていた。 「魔女は俺たちをどうする気なんだろう?」 「決まってるだろ、魔女の祭りと言ったら……」 「歌競(うたくら)べだ」  鍛冶屋(かじや)のハンスが口を挟んだ。 「魔女は祭りの余興(よきょう)に、俺たちに歌競べをさせるつもりなのさ」 「何で歌競べなんだ。今時、毎年そんなことしてるのは、おまえんとこの組合(ギルド)だけだろ。どこのどいつが『ハンスの合唱』なんか聴きたがる?」 「合唱じゃない、歌競べだ。誰が何と言おうと俺は歌う。そして勝つ。勝って、勝って、俺は、俺は……」 「魔物の餌食(えじき)になる」ことでも思い浮かべたのだろう。声が徐々に小さくなり、鍛冶屋のハンスは黙り込んでしまった。周りのハンスたちも、どんよりと沈んだ顔つきになった。  パン屋のハンスも同じで、自分が鎖に(つな)がれて(ふた)つ頭の狼をけしかけられるさまを想像して身震いした。亡くなった祖父から聞いた御伽話(おとぎばなし)そのままだ。  魔女は自分たちを祭りの生贄(いけにえ)にするつもりだろう。誰か一人、または数人、いや、これだけハンズが居ると、もう面倒だから全部祭壇に()せた方が早い。そして、魔女だか魔物だか魔王だか、何だか分からない恐ろしいものに、頭からがぶりと食べられる運命なのだ。  丸ごとがぶりじゃなくて、つま先からじわじわだったらどうしよう。  次から次へと恐ろしい光景が浮かんで、ハンスはぶるぶると頭を振った。  考えちゃいけない。頭を空っぽにするんだ。こんな時には、そうだ、お祈りだ。
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