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魔女の森
パンを齧りながら顔を上げると、ブランが馬の蹄の手入れをしているのが、ハンスの目に入った。裏に詰まった砂利や小石を丁寧に取り除いていた。
ひととおり作業が終わり、ブランが立ち上がろうとした時に馬の嘶きが響いた。ヨハネス王子が金色の髪を靡かせ、白い馬を駆る姿が見えた。食後の腹ごなしというところだろうか。
しかし見事な馬だな、とハンスは思った。ブランの方に目を戻すと、彼は食い入るように王子の方を見つめていて、やがて寂しそうにため息をついた。
ハンスたちが食事を済ませ用を足して、しばらくすると、再び喇叭が鳴った。出発の合図だった。荷馬車はまたがらがらと走り始めた。
丘陵を抜けしばらく平坦な野を走ると、前方に薄っすらと広がる黒っぽい塊が見えて来た。魔女の棲む西の森だ。
「あーあ、来ちゃったよ」
ハンスの誰かが呟いた。
「まだ諦めるのは早い。この時間に森に入ったら、中で夜明かしすることになっちまう。今日のところは外で野営して、明日にするはずだ」
女房持ちのハンスが言った。
「なるほど」
「じゃあ、今夜がチャンスだな」
「ああ、野営の時に何とか隙を見つけよう」
他のハンスたちが色々と算段を始めるのを、パン屋のハンスは、ぼんやりと見ていた。
黒い森はぐんぐん近づいて来た。
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