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「今どちらにいますか?」 突然の電話に、僕はスマホを取り落とした。 「はあ、はあ――!」 肺が痛むほど必死に息継ぎをして、家じゅうのものを鞄に詰め込む。 出なければ、早くここから出なければ。 一心不乱になって荷物をかき集めると、よろめきながら玄関に向かう。 玄関は僕のいたリビングからすぐそこにあるはずなのに、なぜかとても遠く感じる。 やっとの思いでたどり着いたドアに体当たりして、力任せにドアノブをガチャガチャとまわす。 汗で滑ってうまく回らない。 次第にいら立ちがつのって、無理矢理蹴り開けた。 空はおぞましいほど真っ赤な夕焼けが広がっていた。 僕はがむしゃらに家を飛び出して、走る。 どこをどう通ったのかももうわからなかった。 歩道橋の上で、立ち止まり、肺に詰まっていた息を吐く。 後ろを振り返る。いつもなら家路を急ぐ人で賑わっているはずなのに、不気味なほど人がいなかった。 ――誰もいないな。 それがわかった途端、安堵で膝から崩れ落ちた。 ざまあみろ、と思う。 家の中はもぬけの空だ。 来たところで僕はいない。 その時、またスマホが鳴った。 ピピピ、と無機質な電子音が僕を呼ぶ。 「……」 恐る恐る画面を確認する。 母親の名前が表示されていた。 「もしもし……」 『あんたねえ、電話ぐらい出なさいよ。今どこにいるの?』 いつもは鬱陶しい母の声も、この時ばかりはありがたかった。 「今? 今は――」 そして、現在地を告げた、次の瞬間。 ガー!と耳障りなざらつく音が大音量でスマホから飛び出した。 「う、うわああああ?!」 僕はとっさにスマホを投げ出した。 視界が一瞬ぶれて、僕のスマホの前に誰かがたたずんでいる。 僕は恐怖に凍り付きながら、何とか上へ視線だけをずらした。 「見ィツケタ」 そこにはニタリと顔をゆがませた「君」が立っていた。 なぜ、どうして。 君は確かに殺した、そのはずだ――。
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