1.最悪な記念日

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1.最悪な記念日

理不尽だ。 目の前で見つめ合う2人を視界に入れながらそう思わずにいられない。 それなのに、僕の鈍い表情筋はピクリとも反応を示してはくれない。 「この子は俺の運命の番なんだ。ごめん春乃(はるの)別れてくれ」 状況が上手く呑み込めず頭がクラクラする。今にも卒倒しそうなのにそんなことおくびにも出さない僕の表情筋を今は憎々しく感じる。 彼の腕に自身の腕を回しピタリとくっついて離れない小柄な可愛らしい少女は、ふやけた瞳で1分前まで僕の彼氏だった彼を愛おしそうに見つめている。 何かの悪い夢だと思いたかった。 だってほんの数分前まで彼の横に立っていたのは僕だったはずなのに、たった一瞬、可愛らしい雑貨屋から出てきた彼女と彼、洸希(こうき)の視線が交わったほんの微かな瞬間に洸希の心は僕から離れてしまったなんて、そんなの悪い夢以外にどう表現したらいいんだ。 この世には男女の性別のほかに第2性別が存在する。バース性は圧倒的カーストの頂点に君臨するαと特殊な体質を持つΩ、そしてなんの特殊性もない一般人のβに別れている。数ヶ月に1度来ると言われているΩの発情期にはαの理性を失わせる強いフェロモンが発生しその状態でαとΩが性行為をし首筋を噛むことで番という特殊な関係になることは一般常識だ。そしてその番契約をするとΩはつがったαにしか発情しなくなるのだという。更にαとΩには運命の番というものが存在していて運命の番同士は一目でその相手を判別することが出来るのだという。そして強制的に惹かれ合う。 迷信だと半ば思っていた。 αである洸希とは同じ大学のサークルで出会った。 α特有の圧倒的なカリスマ性や男らしい精悍な顔つき、気さくな性格。非の打ち所のない彼と関わるうちに彼に段々と惹かれていく自分に気づいていた。告白してきたのは洸希からで、その時の僕は天にも登る気持ちだった。 上手く表情が顔に出せない僕はいつも基本無表情で人見知りなこともあって無口だったし面白みも何も無い男だったけど洸希はそんな僕を好きだと言ってくれた。 僕といると落ち着くんだって微笑んでくれたんだ。 それがどんなに嬉しかったかなんて彼にはこれっぽっちも伝わっていなかったんだろうけど。 本当は番になりたかった。 でも、それは出来なかったんだ。 だって僕はβだから。 番になれるのはαとΩだけだ。 それでも、洸希が一緒にいてくれさえすれば良かった。 人目もはばからず路上で見つめ合い腕を組んでいる僕の元彼とその運命の番だという女の子を見つめながら、羨ましいなんて思ってしまっている僕は馬鹿だ。 怒る気すらしない。 だってβには何も無いから。
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