完璧な先輩

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完璧な先輩

 高卒のエリがまだこの会社に入ったばかりの頃、彼女をよくサポートしてくれた先輩がいた。  氷室景吾。  夏だろうがワイシャツのボタンをすべて留め、髪もきっちり整えた好青年だった。顔はどちらかというと美男子の部類に入っただろう。  いつもハキハキしていて、頼りがいのある先輩だった。エリはそんな氷室を尊敬する反面、苦手だった。  うまく言葉にできないが、彼はあまりにも完璧過ぎた。誰にでも優しくて、他人の小さなミスをそっとカバーする。いつも見るのは笑顔か真剣な顔だけ。不機嫌な顔は一切見せない。  氷室がいくつ歳上で、何年この会社にいたのかは分からないが、彼の完璧さは「先輩だから」のひと言で片付けられるようなものではなかった。  入社して半年のこと、エリは発注数量を間違え、0をひとつ付け忘れたことがあった。発注書を見て気づいた上司はエリを大勢の前で怒鳴りつけた。  エリはミスした自分への怒りや、仲間達の前で怒鳴られていることの羞恥や悔しさで消えたくなった。 「それなら、修正しておきましたよ」  氷室は上司からエリを守るように上司の前に立ち、書類を見せた。それでも上司の怒りは収まらず、再びエリを非難しようとする。 「これ、そこまで急ぎじゃないですよね? 来週の火曜日に間に合えばいいんですし。確かに到着は予定より1日遅れますけど、それでやることがなくなるわけじゃないんですから、そんなに怒らなくてもいいんじゃないですか?」 「しかしね、君」 「そういえば、この前0をひとつ多く発注した方がいましたね。あの処理をするのは大変だったけど、咲元さんが率先して手伝ってくれたから助かったよ。改めて、ありがとうね」  氷室はエリに笑顔を向けると、上司はうつむいて自分の席に戻っていった。 「あの、」  エリが礼を言おうとしたところで休憩時間を知らせるチャイムが鳴り、氷室は「一服するから」と言って消えてしまった。
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