一服

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一服

 午後2時45分を過ぎた頃、咲元エリは後輩のみかが運転する車の助手席で外の景色を眺めていた。ふたりは取引先との仕事を終え、自分達の会社に帰ろうとしている。 「ねぇ、もうすぐ3時になるんだし、コンビニ行かない? 煙草吸いたくなっちゃった」 「お、いいですね。私、咲元先輩が煙草を吸うところ見るの好きなんです」  みかの弾んだ声に、エリは苦笑する。みかのエリに対する想いは尊敬を越え、恋愛感情の域へ到達しようとしている気がした。あるいは、もうしているのかもしれない。 (まぁ、気持ちは分からなくもないけど)  パンツスーツの裾をきゅっと掴み、なんとも言えない気持ちになる。元はスカートを着用していたが、ある日を境にパンツスーツに履き替えた。  履き替えた当初は、カッコいい大人の女性になりたくて必死だった。色香のある女性の先輩や、カッコいい女性を会社や街、テレビで見るたびに羨んだ。  今のエリは艶のある黒髪を胸のあたりまで伸ばし、顔には大人びた化粧を施している。あの頃なりたかった自分に、だいぶ近づいた気はしている。  彼女がカッコいい大人の女性を目指したのは、みかの様にそういった女性へ憧れや恋愛感情があったからではない。エリの好きな人が、好きそうな女性だったからだ。 (氷室さん、今頃どこで何をしているんだろう?)  ふと、かつての想い人に思いを馳せる。
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