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 奇妙な偶然の一致だった。一級賞金首の討伐を成合とするヒットマンであるイイラがこんな辺境の田舎の星に一か月近く滞在することになったのは、なにもレニーのスカウトのためでも、不届き者の密猟者をハントするためでもなかった。まさか、こんなところにイイラの親しい友人、ズラが欲しがっていた「奇跡の調味料」が手に入ることになろうとは。  イイラ・エライはそんなことは夢にも思わなかった。  ズラとは宇宙歴にして二年ほど前にバディを組んでいたことがあった。  イイラを含め二十人ほどいる仲間の中で新参者だったため、組織に溶け込もうと真面目に仕事をこなしていた。その努力はある程度の実を結んだことを認めざるを得ない。なぜならズラは連邦星雲が雇った殺し屋であり、仲間の命を狙うヒットマンだったからだ。しかしその勝機を見出せぬまま五年間、組織のコマとして真面目な構成員としての日々を過ごしてきたが、これは実際よくある話である。  そんなズラも不注意からひとつ大きな失態をしでかしたことがある。事前調査を他人に任せたのがまずかった。収集した情報に基づき、他のメンバーに接触を試みたが、メンバーの一人に「生命体の強い想いが体現化した存在」がいることを知らなかったのだ。ズラは特別長身でもなく、額から右頬にかけて大きな傷があるものの、顔立ちは整っていた。髪は巻き毛でちょっと茶髪がかかっていて、こめかみから後ろになでつけてある。普通に話しているだけでは違和感に気が付くことはないが長時間彼と会話を続けると右目だけが瞬きをしないのだ。そのせいでこちらの目が乾いていつしか涙が出てくる。  ズラは組織で作った友人たちには、目立たないが変わっているやつと見られていた。つまりは、酔っぱらうと自分語りが止まらなくて、浴びるほど飲んだ挙句に誰かに絡んで訳も分からず爆笑するのだ。  しかしユニークな一面ばかりでもない。時には心ここにあらずと言った表情で夜空に光る何光年も離れた星の光を見つめていることもある。何をしているのかと尋ねてみると、ズラは課題を忘れ教師に叱られた子供のように不安気に左目をきょろきょろ動かし、すぐに我に返って歪な笑顔を見せる。 「ちょっと昔みた映画を思い出した」と軽口を叩く。すると誰もが気になってどんな映画だったか、内容を尋ねる。 「今はもうない星の光が届くところへ旅をする哀れな男の話しさ」とわざとらしくにやけて、どこに隠し持っていたか分からない酒を取り出してはちびちび飲み始める。  ズラは藁にも縋る思いで、ミッションの終了を心から願っていた。二年という月日はどこで過ごそうが長い年月だが、スパイがばれたら敵に殺され、失敗して逃げかえれば味方に口封じのため殺される。極限状態の環境で生きていくにはあまりにも精神的に疲労が大きかった。そんなズラのストレス解消法が自分の作った料理をふるまうことだった。何気なく作ったオムライスを美味いと褒めたことで、彼を殺し屋業から料理人へとマイナーチェンジさせるとはイイラを含め誰も思わなかったのである。
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