3人が本棚に入れています
本棚に追加
1
「それでその手紙を昨日かき上げて今から投函しに行くのか」
「うん。都会の星はここから八十光年ほどだから兄さんの手元に届くのは一か月くらいかかるけど」
二人を乗せたバスは順調に運行していた。
エンジンが大型の割りに燃費が悪くいつもはがたがたとふかすが今日は見違えるほどスムーズに走っている。
運転席の後ろには中央の通路を挟んで左右に七列並んでいて、最後尾は物置になっていて工具やらなにやらトラブルが起きた時のために様々な道具が装備してあった。
「そんなことよりレニーせっかくの休みに見送りに来てもらっちゃってありがとうな」
「何言ってんのセントと僕の仲じゃないか」
セントは少し照れ隠しをしながら鼻をかきバスの外の景色を見つめた。二人が住む緑豊かな田舎星ヨダカは一年を通して春が六か月をしめている。そのため春が前半と後半に別れていて今は後春の季節だった。レニーがセントの横顔越しから草原を駆け回る生き物を見つけて指を指した。
「丸鹿だ。よく肥えてるよあれはすごくおいしいからセントや兄さんが食べられないのが残念だ」
「そんなことはないさ、留学先の水の星には水ようかんっていう食べ物があって中央銀河ではグルメの星って言われてるんだぜ」
他愛もない会話に花を咲かせながらしばしの沈黙が漂う。国際宇宙船は一年間に一本しかこの星にやってこないから当分の別れになることは明白だった。一時間ほど走ったバスは終点のヨダカステーションに近づいていく。舗装された幅の広い道が目の前に現れた。後ろに聳えるオリンポス山脈が心なしか小さく見える。
「それじゃここでさようならだ」
バスを降りるセントがレニーにそう告げると後春の訪れを伝える温暖な風が二人の頬を撫でた。
「入り口まで見送るよ」
「いやいい。このバスを降りたら次のバスは二時間後だ。郵便局がしまっちまう」
時間を気遣う余裕を見せるセントの姿は自分とすごく年の離れた大人のように見えた。
レニーは頷くと同時にゆっくりと扉が閉まる。少しずつ小さくなる親友の背中を地平線に飲み込まれるまで目を離さずに見つめていたレニーは、もといた座席に腰を下ろすと窓を半分空けて雲ひとつない空を恨めしそうに眺める。
『レニーお前は進学しろ、うんと勉強していずれこの星を離れ大きな世界に飛びたつんだ』
『で、でも兄さんは……それに兄さんだって進学したいじゃないの』
『あぁそうさ、でも別に今じゃなくてもいい。お前の夢が叶ったあとからだって学ぶことはできるからな。だから気にせず勉学に励め』
右手を顔にそよがせながらバスの中に完備された冷房が全く聞いていないことに若干の苛立ちを隠しながらも文句ひとつ言うこともなくバスに揺られた。
「兄さんにあわせる顔がないなぁ」
レニーは、インターンに選ばれなかった。その事実はエリートとして中央政府の公人になる夢を失ったことを意味する。
そもそも自分には途方もない夢だったと思えば痛くも痒くもない。実際夢敗れても涙の一つも出てきやしないのだからそうに決まっている。
たしかにこの星は他の星々と比べたら貧しいかもしれないし、新しい発見もないかもしれない。しかしその日暮らしをするくらいなら稼ぐことは出来る。それに自分が働けば兄のクラウドも都会の星から戻ってこられるはずだ。あと一か月もすれば丸鹿の収穫祭も行われ、川や海に行けばある程度の仕事は見つかるはずだ。
レニーはサイドバックの中から丸鹿を狩るための小型の猟銃を取り出した。実弾は入っていないが当たれば大の大人が半日は動けなくなるほどの威力があるしびれゴム弾が六発装填していた。
「いい銃だ、古い銃だがよく手入れが行き届いている。ただ……浮かない顔をしているな」
いつの間にか乗車し中央の通路を挟んで隣に座る青年の声に慌てて猟銃をしまう。
「なんだよ、おじさんまだいたのか」
「おじさんじゃない、イイラだ」
イイラと名乗った男は立派な赤いバンダナを額に纏い、腰には強力な光線エネルギーを発する長距離用の武器ブラスター・ピストル携えて笑顔を見せる。
「なぁ頼むよ少年、俺の仕事に付き合ってくれよ。報酬ははずむぜ」
「何度も言っているだろう悪いけどそれはできない。だっておじさん賞金稼ぎだろ」
「銀河をまたにかける運び屋は嫌いかい?」
「大嫌いだね」
レニーは即答で答えた。
「まいったな、じゃあ言い方を変えよう。自由気ままに星を観光したり、その星にしかない珍味を味わったりするのは嫌いかな?」
「……興味ないね」
「分かった、分かった。じゃあせめてこんないい天気に少年がそんなに暗い顔をしている理由を教えてくれないかい?」
「インターンに選ばれなかったんだよ」
悩んだが目的地まであと一時間近くかかることと、いい加減一人は飽きてきたこともあり今しがた親友のセントが水の国に旅立ったことをイイラに伝えた。
「なんだそんなことか、別に高等学校に進学してからもう一度チャレンジすればいいじゃないか」
「僕だってそうしたいさ、できることならね。でもそれはできない」
「なぜだ?」
「お金がないんだよ、それどころか借金だってある。来年は本格的に働かなきゃ」
レニーの言葉は後半に続くにつれしぼんでいった。高祖父の代から背負った借金はレニーたちの代になっても返済のめどは立たず、兄のクラウドはレニーを学校に通わせるために中学校には行かず十三歳で都会の星に出稼ぎに行った日のことを思い出してしまった。
「なるほどね、それで少年はどうする? 大した仕事もないこの星で一生日銭を稼いで暮らしていくつもりか、俺以外のヒットマンやクライアントからもたくさん依頼が来てるの知ってるぞ」
「まぁね。でも全部断ったよ、そんな非合法な仕事はできないってね、しつこいのはおじさんだけ」
真っ向から否定するレニーにイイラは顔をしかめながら、額に巻いたバンダナの位置を直した。
「そりゃ失礼した。ただ少年はこの東銀河を代表するヒットマンになる可能性を秘めた逸材だ。俺も簡単にあきらめるわけにはいかないのさ」
「そのヒットマンっていうのやめてくれない、僕は暗殺者になりたいわけじゃないし」
事の発端は、半月前にこの星で行われた東銀河国際射撃コンテストだ。学校推薦で出場したレニーは初出場で五位入賞という輝かしい好成績を残した。五位といってもこんな田舎の星の少年がいきなり入賞をしたものだから会場にいた他の星のスカウトマンは驚きノース高等学校には賞賛と護衛を成相とする企業から誘いの電話が鳴り響いた。レニーは後から友人に聞いたのだがその大会自体レベルが高くプロのヒットマンやフリーの賞金稼ぎなどが一般の学生や参加者の中に紛れていたという。レニーはその中で一番性能の悪い猟銃をつかい幾多の強豪を撃破してしまった。そのため大会が終わって数日の間は一躍時の人扱いを受ける羽目になった。
あまり注目されることを好まないレニーにとって毎日の面談と贈り物には参ったが、その中でひとつだけいいこともあった。どこかの星の軍人の大佐がプレゼントしてくれた散弾銃。通称鷹の目。とても高精度な射撃が持ち味でこの星にはない材質で作られているため思いのほか軽くて持ち運びも楽ちん。丸鹿を狩るのには最適な銃が手に入ったからだ。
「それに僕はこの星が好きなんだ。留学生にもなれず進学もできないなら慣れしたしんだこの星で地道に稼いで幸せになるつもりだから他の星に行くつもりはないよ」
その言葉に嘘はなかった。ただひとつ気がかりなのは兄のクラウドを労働から解放させ進学させてあげることができないことだ。
「少年、きみは若いのにつまらない人間だな」
「なんだと」
レニーのイラついた語尾にイイラは怯むこともせず、ゆっくり深呼吸をして静かに息を吐いた。
「少年がこの星を好きで、ここで働くことは素晴らしいことだ。……だがそれが本心ならなぜインターンとやらに選ばれたかっただけでそんなこの世の終わりみたいな顔をする? 本当はこの星の外に出てみたいんじゃないのか?」
「そ、それは」
レニーの表情が揺らぐ。イイラはそれを確認するとにやりと笑みを浮かべ続ける。
「少年には才能がある。その才能をこんな辺境の星でくすぶって腐らせておくのはもったいないと思うんだよ」
「何言ってんのおじさん、僕は別に」
「俺はまだ二十七歳だぞ、言葉を選べ少年。きみは優秀な学生ではないかもしれないが、誰よりも可能性は無限にあると思うぞ。それに若さは最大の武器だ、だからこそこの星を離れいろいろなことを経験するべきだ。そのチャンスが目の前にあるのに拾わん手はないゴホッゴホッ」
興奮気味に話したために咳き込むイイラを怪訝そうにレニーは見ていた。
「いや失礼失礼、どうだい一緒に行こう少年」
イイラは右こぶしを自分の胸にあて、得意げに笑う。
「あほらしい」
「なに?」
「あほらしいって言ったんだよ」
停車ボタンを乱暴に押すと座席を立ち上がる。
「教官や友達が言ってたよ。運び屋なんてその星のゴロツキやどうしようもない奴らが最後に行きつく底辺な職業だって」
バスが停車した。
「勝手なことばかり大人はみんなそうだ。ちょっと有名になったら調子のいいことばかり、結局おじさんも同じなんだろ。僕は絶対運び屋なんかにならない。そんな底辺の仕事にはつかない」
レニーは駆け足でバスを降りた。
その言葉に嘘はなかった。自分の人生を犠牲にしてまで進学させてくれた兄クラウドに誇れる仕事でなければいけないのだ。
「まて少年」
レニーは舗装されてない道へ向かって走り出した。
最初のコメントを投稿しよう!