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あの人は――私の夫、誠一郎は、多重人格障害だった。
私はそのままのあなたが好きと言っていたのに、あなたは治療に踏み切った。そしてその結果、元のあなたの人格は消えてしまった。
私が好きになったあなたとは違ういくつもの人格が、毎日毎日私に好意を向けてくる。あなたはもういないのに、あなたの心の奥底に置き去りにされた私への愛だけが、その存在を知らしめる。
あなたはもう、どこにもいない。
けれどあなたじゃない彼らに別れを告げることはできなかった。彼らがいれば、少しだけあなたを忘れずにいられる。彼らの顔が、背が、手のひらが、あなたの思い出を私に教えてくれる。
あなたはもう、どこにもいない。
でも、本当は。本当は、いる。
私はそれを知っている。私だけがそれを知っている。
私の心の真ん中に、ずっとずっと、あなたはいる。
あなたが消えた悲しみを、乗り越えたくなんかない。乗り越えなくていい。私だけが本当のあなたを知っている。
あなたはもうどこにもいなくて、私の中だけにいる。
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