消える

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 一太はバックミラーで男性の顔を見た。年齢は二十三、四歳。一太と同じくらいだろう。 「それでどうしたんです?」 「一人でホテルに泊まって温泉に入って来たよ。警察には言ってない。今日、電話しておくか」 「そうですね。荷物なんかは残ってたんでしょう?」 「ああ、ボストンバッグもハンドバックもレンタカーの中だった。消えたのは彼女だけだ」  そんな不可思議な状況で温泉に入ってホテルに泊まってきたこの男性の度胸は凄い。一太だったら真っ先に警察署へ行っていただろう。  タクシーは目的地に着いた。白いタイルの五階建てのマンションだ。確かに昨日ここに迎えに来た。彼女は乗せていないから駅かどこかで待ち合せだったのだろう。  警察は死体が出ないと動かないというが、それでも言っておいた方がいい。誘拐か拉致の可能性だってあるのだから。  十時に仕事を終えた。タクシーを会社に置いて自分の車に乗る。今日の昼は空の高い秋晴れだったので暑くも寒くもなく丁度いい。読書の秋。一週間ほど前に本屋で買った宇宙の本の続きを読もう。一太は高卒だが理数系は得意だった。なぜ大学に行かないのかと友人たちも不思議がった。  宇宙の本といっても色々ある。一太はブラックホールに興味を持っていた。ブラックホールとは誰もが知っている通り強い重力を持つ天体で名の通り穴などではない。出口があると考える人もいるらしいがそれは無理のある解釈だろう。
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