手のひらに、少しの幸せを

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 仕事が終わるとビジネスホテルでチェックインを済ませた。幸い会社が予約を取っていたホテルは、小学生であれば一緒に泊まれる部屋だったため、追加費用を払うだけで、予約を取り直さなくて済んだ。もちろん猫は宿泊不可なので、エルは一晩だけ車で留守番になる。季節はまだ秋。凍えるほどの寒さではないが、寒がりのエルのために悟はタオルを何重にもしてかごに入れておいた。英雄と悟がトラックから降りるとエルが不安そうな顔で悟を見たが、悟が「また後で来るよ」と話し掛けると、エルは安心したようにかごの中で丸くなった。  子供も一緒に泊まれる部屋とはいえ、所詮はビジネスホテルというべきか、やはり中は狭かった。中央を陣取るようにベッドが設置されており、部屋の端にはテーブルと椅子が二脚。ドレッサーはあるが英雄も悟も不要なので、悟のリュックはドレッサーの上に乗せた。英雄はひとまずシャワーを浴びて一息つく。風呂場から出ると既に八時前だったのでそろそろ晩飯を食べねばと思い、英雄は悟を外に連れ出した。「ラーメンでいいか?」と聞くと、悟は首を縦に振ったので、ビジネスホテルから歩いて五分程度の場所にあるラーメン屋に入った。店員がオーダーを聞きに来た際、悟は醤油ラーメンを指さして自分の注文を伝えた。英雄は生ビールと一品料理のチャーシューを注文する。会話のない食事を終えると英雄はそわそわし出し、悟に自分で先にビジネスホテルに帰るように言った。  悟がどこ行くの?という瞳で英雄を見る。英雄は「大人にはいろいろあるんだよ」と気まずそうに説明した。車で五分程行った所に英雄が目星にしていた飲み屋街がある。誰かと一緒の行動はやはり疲れる。英雄のような自由奔放な人間であれば尚のことだった。今だけは一人になりたい。悟も興味がそこまで湧かないのか、分かったと合図するように軽く顎を引いて英雄の言う通り、ビジネスホテルへと一人で帰っていった。英雄は通りがかったタクシーを止めると、悟の方を見ずにそそくさと後部座席へと乗り込み、行先を告げた。近隣では知らない人はいない繁華街の名前だった。  英雄と悟が泊まっている部屋は三階の角部屋である。悟は部屋に入って電気を付けると、窓の方へと向かった。カーテンを開けて外を見る。ここからは英雄と悟が乗ってきたトラックを停めてある駐車場は見えない。別の部屋からなら見えそうなものだが、この部屋ではどう頑張っても無理だった。エルの様子が気になる。英雄のあの様子を見ると、すぐに帰ってきそうにない。先に寝ているべきだと思うが、エルには寝る前に必ずまた来るからと伝えてしまった。エルもきっと悟が来るのを待っていると思う。一人でトラックの鍵を開けてしまうと怒られるだろうか。色々な思いが悟の頭を駆け巡ったが、結局悟はエルに一人で会いに行くことを決意した。トラックの鍵はテーブルの上に無造作に置かれていた。  悟は鍵を強く握るとエルの待つトラックへと走った。
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