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もう一度、正門から声をかける。玄関の前あたりだけはかろうじて道があったが、はっきり言って近づきたいとも思えなかった。絶対、玄関を開けたらゴミの土砂崩れがお出迎えしてくれるやつである。近づくだけで吐き気がやばいのに、そんなものに触ったら病気になるでは済まないような気がしてならない。
――畜生、誰だよ公務員の仕事は定時で帰れて安定して楽だっつったの!へえへえ俺ですよすみませんね無知で!
公務員試験に合格して喜んでいた己が懐かしい。いつも事務机に座ってまったり事務系の仕事して、休憩時間はたっぷり取って九時五時で家に帰り――なんてことができると何故夢を見てしまったのか。窓口でクレーマーめいた“お客様”の対応をさせられるだけで辛すぎるのに(しかも迷惑な常連さんの多いこと多いこと)、まさかゴミ屋敷に直接出向いて説得なんてことまでさせられるなんて完全に想像の範疇外である。
自分のところの役所がややブラックなのか、それとも役所勤めの公務員なんてどこもこんなもんなのか。何にせよ、今日バックれやがった先輩は絶対許さない、と思いながらも三度目の声かけをする。
「畑さーん……電話してくれたの畑さんでしたよねー?お願いですから、出てきてくださーい」
やっぱり、返事はない。春日はがっくりと肩を落とし――嫌々、それはもう嫌々に玄関へと近づいていった。
この庭までゴミに埋もれまくり、道路までその一部がはみ出しているこの家は、近所からも“なんとかしてくれ”というクレームがずっと来ている場所でもあった。住んでいるのは、畑正勝という名前の男性である。妻が亡くなってからは、この場所に一人で住んでいたということらしい。偏屈で頑固、社交的な妻と違って近所の人との交流もほとんどないような人物だったそうだ。たまに外を散歩しているのを見かけても、視線も合わさず会釈されるくらいのもの。ただし、様子が明らかにおかしくなったのは奥さんが病気で倒れて、そのまま帰らぬ人になってからだというのである。
庭の前を通りがかった人に、突然罵声を浴びせたり。あるいは、散歩中にすれ違った家族連れに怒鳴り散らしたり。以前までは愛想はよくなくても、物静かで大人しい男性のイメージだったのに、まるで人が変わってしまったようだと近所の人達は口を揃えた。それに加えて、ほぼ一年でもうこのゴミ屋敷の完成である。奥さんがなくなって頭がおかしくなってしまったのではないか、なんて噂が立つのも仕方ないといえば仕方ないことなのだろう。
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