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――いや、気持ちはわからんでもないけどさ。だからって、人に迷惑かけていいなんて理由にはならないじゃねーか。
玄関に近づき、強めにドアをノックする。まったく期待してはいなかったが、案の定一切返事はない。
「畑さーん、そっちが呼んだんでしょー?話があるから来てくれって。出てきてくれなきゃお話できませんよー?」
さっさとゴミを片づけてくれ、不衛生でたまらないし道路も通れなくて困っている。住民のそんな苦情を受けて、職員がかわるがわる訪れること数回。しかし、畑老人と出逢えた人物は一人もいなかった。何度声をかけても返事はないし、本人の姿も見えない。かといって、いきなり中に踏み込むわけにもいかない。困り果てていた時、突然市役所に電話がかかってきたのである。
『どうしても話したいことがあるから、人をよこしてくれ。一週間後の、朝十時に』
その男性は、畑正勝と名乗った。ゴミを片づける許可を出してくれるかもしれない、やっとこの問題を進展させることができるかもしれない――そんなわけで、自分と先輩の二人が足を運ぶことになったのだが。
その先輩が、バックれてしまい。まだ一年ちょっと程度しか役所に勤務していない、若造の自分が一人で派遣されてしまうことになったのである。なんたる理不尽な。というか、こういう交渉の場において自分みたいな二十代の男一人に行かせるのは悪手でしかないと思うのだが、どうだろうか。年輩者であればあるほど、若い男をナメくさって話も聴かない人は少なくないのである。
まあ、今回は向こうから呼びつけてきたわけで、まったく会話をする気がないということはないのかもしれないが。
「し、失礼しますよー」
仕方なく、錆がうきまくったドアノブを掴んだ。鍵がかかっていたら諦める理由になる、と思ったのになんとあっさりノブは回ってしまう。ゆっくりと手前に引けば、思った通り中でがらがらと何かが落下する音が聞こえてきた。
悪臭が強くなる。鼻から息を吸わないように気を付けながら中を覗き込む。幸い、いきなりゴミ山が崩れてきて埋もれて死ぬということはないようだった。玄関の両脇、廊下の両脇にはまるでバリケードでも作るかのように新聞紙の束がうずたかく積み上げられている。なぜそこまで整頓する余裕があるのにゴミ屋敷なんて作ってしまうんだろう、と疑問で仕方ない。
「おーい……」
「!」
ドアを開けたところで、遠くから声が聞こえた。
「おーい、おーい……」
「畑さん?どこですかー!?」
「おーい……」
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