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ふと人の気配に意識が浮上すると、どうやら天野が様子を見に来てくれたみたいだった。意識半分でぼーっとしていると、ふと天野の独白が聞こえてきた。
「この人にはもう少し周りのことも考えて欲しいもんだ。鈍感すぎんだよな、ほんと。」
内容に対しても驚きは隠せなかったが、何より天野の崩れた口調に驚いた。敬語外してるの久しぶりに聞いたな…。なんて他人事かのように思いながら、聞き耳を立てるに留まる。
「あんたの連絡が途絶えてから、どれだけ心配したと思ってる。…早く元気になってくれ。」
僕のせいで周りに迷惑がかかっていることを再認識した。ああ、そうだ。早く元気になってこの家出ないと。後輩に迷惑、かけないように、しないと、。
頭はパンク寸前で、下がったはずの熱が出そうになった。
うーん、と声がしたと思ったらギシっと音がした後に額に柔らかい感触があった。これはまさか…と驚いた拍子につい、目を開けてしまった。開けると見えるのは視界いっぱいの男前。
「途中から起きてるのばればれでしたよ。」
焦ってる僕のことを一瞥すると、苦虫を噛み潰したような顔をした後に微笑んだ。焦りと驚きと、色んな感情が合わさって、僕の口からは「どういうこと…?」なんていう微妙な問いしか出てこなかった。
そんな僕の問いが難しかったのか。それとも…いや、言い難かっただけだ、きっと。無駄な期待はしたくない。
「タオル、変えますね。」
なんて言って、顔をフイッと背けられてしまった。この流れだと多分答えてくれないだろうことは分かっているのだが、どうしても聞きたいことがあった。
「なぁ、さっき…おでこに…」
僕としては普通に疑問だったから聞いただけだったのだが。天野は動揺した様子で、タオルを濡らす為のボウルの水を少し零してしまった。
天野は「あ、やっべ」なんて声を漏らしながらも零した水を近くのティッシュで拭き、
「早く治るようにおまじないです。」
と言っていた。
この言葉に容量が足りない僕の脳は更に混乱する。僕のこと嫌いなんじゃなかったのかな…。
「嬉しい…」
だなんて何も考えずに言ってしまって、後から後悔する。きっとこれは熱を出したせいだ。
高校時代の熱は、過ぎ去ったのだから。
そんな気持ちとは裏腹に、焦る気持ちに沿うかのように僕の口は動く。
「いや、あの、なんて言うか、天野に心配して貰えて嬉しいって言うか。そもそも天野に会えて嬉しいって言うか…」
なんだかどんどん墓穴を掘っているような気がする。ほんと、自分が掘った穴に入りたい気分だ。
きっと僕の前に座っているこの男は、僕の焦りも喜びも。全部分かっているんだろうな。元より沢山気遣ってくれるタイプだったんだ。
「……天野が変わってなくて良かった。」
自然とそう言いたくなった。僕は変わってしまったけど、変わっていない天野に安堵したんだ。両親も、同僚も。みんな変わっていったから。
不意に、頬に温もりを感じた。ハッとして顔を上げると、天野が気遣わしげな目でこっちを見つめ、手を伸ばしていた。
驚いて身を引こうとすると、天野は僕を絆すかのように
「沢山、頑張ったんですね」
と優しい声で言い、ティッシュを渡してきた。どうやら僕は気づかない内に涙を流していたらしい。
天野の存在も、体温も、優しい声も、何もかもがもう大丈夫だと伝えてくれているような気がして。僕の涙はしばらく止まることがなかった。
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2021.11.2 熱が上がる表現をこの後の流れに合わせて変更しました。
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